だが、おそらく問題の根はもっと深いところにある。子育てに励むアナとアンドレアスの間には最初から微妙な緊張感が漂っている。だからこそアンドレアスは、夜泣きがおさまらない赤ん坊をアナに任せきりにせず、自ら車に乗せて寝つかせようとする。彼のなかにはおぼろげな不安があり、そのためにトリスタンのアパートに踏み込んで、放置された赤ん坊を見出したときにも過剰に反応する。そんな鋭い洞察と緻密な演出が、彼がとってしまう軽率な行動に説得力を生み出している。
そしてもちろん、決定的な出来事のあとには波紋が広がっていく。トリスタンは自分を守るために狂言誘拐を仕組む。アンドレアスは泥沼にはまり込み、さらなる悲劇に見舞われる。それらも負の連鎖ではあるが、ビア監督の話術の魅力は、取り返しのつかない過ちや生々しい痛みが、非常に自然な流れのなかで自己を見つめ直す機会へと変わっていくところにある。この映画では、悲劇や謎が登場人物たちをそれぞれに変えていく。自暴自棄になっていたシモンは生活を立て直し、事件の真相に迫ろうとする。サネは息子と引き離されることで内なる母性を自覚する。アンドレアスのなかでは、アナとサネに見ていた母親像が覆り、罪悪感に苛まれる。そうした変化は異なる連鎖を生み出し、救いに繋がっていく。
この映画では、決定的な出来事だけではなく、様々な背景や事情が有機的に結びつけられている。だからこそキャスティングが重要になるが、ビア監督はそれぞれのキャラクターに相応しい俳優を起用している。
アンドレアスを演じるニコライ・コスター=ワルドーは遅咲きの俳優といえる。彼は1994年にオーレ・ボールネダル監督のスリラー『モルグ』で、死体安置所で夜警のバイトをする主人公の若者を演じ、デビューを果たしたが、それからすぐに頭角を現わすことはなかった。筆者はこのデビュー作のことはよく覚えている。その後、ハリウッドに進出したボールネダル監督が最初に手がけたのが、この出世作をリメイクした『ナイトウォッチ』(97)で、筆者はその劇場用パンフレットに2作品を比較する原稿を書いたからだ。そのリメイクに主演したのはユアン・マクレガーだったが、振り返ってみるとコスター=ワルドーが雰囲気も含めてマクレガーによく似ていたことが災いしたようにも思えてくる。
そんなコスター=ワルドーは、2011年に始まった人気TVシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」でブレイクし、2013年には近未来SF『オブリビオン』、ホラー『MAMA』、ヒューマンドラマ『おやすみなさいを言いたくて』に、2014年にはラブコメディ『The Other Woman』と本作に出演し、活躍の場を広げている。その役柄も実に多彩で、キャメロン・ディアスとの共演が話題になった『The Other Woman』では、妻とふたりの愛人に復讐され、惨めな姿をさらすプレイボーイまでこなしてみせたが、この『真夜中のゆりかご』の不安を抱えた影のある演技は、彼の代表作になるに違いない。
アナを演じるマリア・ボネヴィーについては、やっと昨年公開された『ヴェラの祈り』(07)を思い出しておきたい。この映画ではある家族が田舎の家で休暇を過ごそうとするが、彼女が演じる妻ヴェラが夫に「妊娠したの、でもあなたの子じゃない」と告白することから異様な緊張が生まれる。なにかを内に秘めたような彼女の眼差しや表情は、この新作でも際立っている。
『セレブレーション』(98)や『ある愛の風景』でトラウマを背負った男を見事に演じ、鮮烈な印象を残したウルリッヒ・トムセンも、シモン役にぴたりとはまっている。現在第3弾の製作が進められている『特捜部Q』シリーズの刑事カール・マーク役で新たな人気を獲得したニコライ・リー・コスも、演技派の実力を遺憾なく発揮し、凶暴な男トリスタンに成りきっている。そして、サネ役で迫真の演技を見せるモデルのリッケ・メイ・アンデルセン。彼女の起用はまさにビア監督の慧眼といえる。 |