真夜中のゆりかご
En chance til / A Second Chance


2014年/デンマーク/デンマーク語・スウェーデン語/カラー/102分/スコープサイズ/5.1ch
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(初出:『真夜中のゆりかご』劇場用パンフレット)

 

 

緻密で巧妙なビア監督の話術とミステリーの融合

 

[ストーリー] 敏腕刑事のアンドレアスは、美しい妻アナと乳児の息子アレクサンダーとともに、湖畔の瀟洒な家で幸せに暮らしている。ある日、通報を受けて同僚のシモンと駆けつけた一室で、薬物依存の男女とともに汚物まみれの赤ん坊に遭遇。ミルクも十分に与えられていない赤ん坊の様子に衝撃を受けるが、なすすべはない。

 一方、アレクサンダーが夜泣きをすれば、夫婦交代で真夜中に散歩して寝付かせる日々は、愛に満ちていた。だが、ある朝、思いもよらぬ悲劇がアンドレアスを襲い、彼のなかで善悪の境界線が揺れ動いていく――。[プレス参照]

 『ある愛の風景』(04)、『アフター・ウェディング』(06)、『未来を生きる君たちへ』(10)のスサンネ・ビアの新作です。キャストは、『オブリビオン』(13)、『MAMA』(13)、『おやすみなさいを言いたくて』(13)、『ジ・アザー・ウーマン』(14)など、北欧から世界へと活躍の場を広げるニコライ・コスター=ワルドー『セレブレーション』(98)、『ある愛の風景』(04)、『ザ・バンク 堕ちた巨像』(09)、『未来を生きる君たちへ』(10)のウルリッヒ・トムセン、『アイ・アム・ディナ(英題)』(02)、『恋に落ちる確率』(03)、『ヴェラの祈り』(07)のマリア・ボネヴィー、『しあわせな孤独』(02)、『恋に落ちる確率』『ある愛の風景』『特捜部Q 檻の中の女』(13)のニコライ・リー・コスです。

[以下、本作のレビューになります]

 思いもよらない出来事によって日常が崩壊しかけたとき、人はその危機的な状況にどのように対処するのか。そんなテーマを追求するスサンネ・ビア監督の話術は、作品を追うごとに緻密で巧妙なものになり、確実に進化を遂げている。以前の作品では、主人公たちの人生を変える出来事ははっきりしていた。『しあわせな孤独』(02)では交通事故、『ある愛の風景』(04)では夫の戦死や捕虜として取り返しのつかない罪を犯すことだった。しかし、比較的新しい『未来を生きる君たちへ』(10)では、決定的な出来事が起こるのではなく、学校でのいじめや夫婦の亀裂、アフリカの難民キャンプの現実などが絡み合い、負の連鎖を生み出していく。

 では、新作『真夜中のゆりかご』における話術はどう変化しているのか。ビア監督の世界とミステリーが融合したこの映画でまず注目したいのは、その両方の要素が見られるということだ。物語には確かに決定的な出来事が盛り込まれている。息子のアレクサンダーを亡くしたアンドレアスが、その亡骸をトリスタンとサネの息子ソーフスとすり替えることだ。しかし、そんなことはよほど特殊な状況でなければ起こり得ない。

 アンドレアスのなかでは、汚物まみれで放置された赤ん坊のためになにもできないことが重荷になっていた。妻のアナに自殺を思いとどまらせるためには、彼女の生き甲斐になるものを一刻も早く見出さなければならなかった。アンドレアスは相棒のシモンに相談しようとしたが、彼は酔いつぶれていた。そんな事情が負の連鎖となり、アンドレアスに軽率な行動をとらせてしまう。


◆スタッフ◆
 
監督/原案   スサンネ・ビア
Susanne Bier
原案/脚本 アナス・トーマス・イェンセン
Anders Thomas Jensen
撮影監督 マイケル・スナイマン
Michael Snyman
編集 ペニッラ・ベック・クリステンセン
Pernille Bech Christensen
音楽 ヨハン・セーデルクヴィスト
Johan Soderqvist
 
◆キャスト◆
 
アンドレアス   ニコライ・コスター=ワルドー
Nikolaj Coster-Waldau
シモン ウルリッヒ・トムセン
Ulrich Thomsen
アナ マリア・ボネヴィー
Maria Bonnevie
トリスタン ニコライ・リー・コス
Nikolaj Lie Kaas
サネ リッケ・メイ・アンデルセン
May Andersen
-
(配給:ロングライド)
 

 だが、おそらく問題の根はもっと深いところにある。子育てに励むアナとアンドレアスの間には最初から微妙な緊張感が漂っている。だからこそアンドレアスは、夜泣きがおさまらない赤ん坊をアナに任せきりにせず、自ら車に乗せて寝つかせようとする。彼のなかにはおぼろげな不安があり、そのためにトリスタンのアパートに踏み込んで、放置された赤ん坊を見出したときにも過剰に反応する。そんな鋭い洞察と緻密な演出が、彼がとってしまう軽率な行動に説得力を生み出している。

 そしてもちろん、決定的な出来事のあとには波紋が広がっていく。トリスタンは自分を守るために狂言誘拐を仕組む。アンドレアスは泥沼にはまり込み、さらなる悲劇に見舞われる。それらも負の連鎖ではあるが、ビア監督の話術の魅力は、取り返しのつかない過ちや生々しい痛みが、非常に自然な流れのなかで自己を見つめ直す機会へと変わっていくところにある。この映画では、悲劇や謎が登場人物たちをそれぞれに変えていく。自暴自棄になっていたシモンは生活を立て直し、事件の真相に迫ろうとする。サネは息子と引き離されることで内なる母性を自覚する。アンドレアスのなかでは、アナとサネに見ていた母親像が覆り、罪悪感に苛まれる。そうした変化は異なる連鎖を生み出し、救いに繋がっていく。

 この映画では、決定的な出来事だけではなく、様々な背景や事情が有機的に結びつけられている。だからこそキャスティングが重要になるが、ビア監督はそれぞれのキャラクターに相応しい俳優を起用している。

 アンドレアスを演じるニコライ・コスター=ワルドーは遅咲きの俳優といえる。彼は1994年にオーレ・ボールネダル監督のスリラー『モルグ』で、死体安置所で夜警のバイトをする主人公の若者を演じ、デビューを果たしたが、それからすぐに頭角を現わすことはなかった。筆者はこのデビュー作のことはよく覚えている。その後、ハリウッドに進出したボールネダル監督が最初に手がけたのが、この出世作をリメイクした『ナイトウォッチ』(97)で、筆者はその劇場用パンフレットに2作品を比較する原稿を書いたからだ。そのリメイクに主演したのはユアン・マクレガーだったが、振り返ってみるとコスター=ワルドーが雰囲気も含めてマクレガーによく似ていたことが災いしたようにも思えてくる。

 そんなコスター=ワルドーは、2011年に始まった人気TVシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」でブレイクし、2013年には近未来SF『オブリビオン』、ホラー『MAMA』、ヒューマンドラマ『おやすみなさいを言いたくて』に、2014年にはラブコメディ『The Other Woman』と本作に出演し、活躍の場を広げている。その役柄も実に多彩で、キャメロン・ディアスとの共演が話題になった『The Other Woman』では、妻とふたりの愛人に復讐され、惨めな姿をさらすプレイボーイまでこなしてみせたが、この『真夜中のゆりかご』の不安を抱えた影のある演技は、彼の代表作になるに違いない。

 アナを演じるマリア・ボネヴィーについては、やっと昨年公開された『ヴェラの祈り』(07)を思い出しておきたい。この映画ではある家族が田舎の家で休暇を過ごそうとするが、彼女が演じる妻ヴェラが夫に「妊娠したの、でもあなたの子じゃない」と告白することから異様な緊張が生まれる。なにかを内に秘めたような彼女の眼差しや表情は、この新作でも際立っている。

 『セレブレーション』(98)や『ある愛の風景』でトラウマを背負った男を見事に演じ、鮮烈な印象を残したウルリッヒ・トムセンも、シモン役にぴたりとはまっている。現在第3弾の製作が進められている『特捜部Q』シリーズの刑事カール・マーク役で新たな人気を獲得したニコライ・リー・コスも、演技派の実力を遺憾なく発揮し、凶暴な男トリスタンに成りきっている。そして、サネ役で迫真の演技を見せるモデルのリッケ・メイ・アンデルセン。彼女の起用はまさにビア監督の慧眼といえる。


(upload:2015/11/10)
 
 
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