アフリカでは“ビッグマン”と呼ばれる権力者が、妊婦や胎児の命を弄んでいる。デンマークでは、アントンの長男エリアスが、学校でいじめを受けている。それを見た転校生のクリスチャンは、いじめっ子に報復し、エリアスにナイフを贈る。次男モーテンとよその子の喧嘩を仲裁しようとしたアントンは、相手の子の父親にいきなり殴られる。その父親は、アントンがスウェーデン人であることを屈辱するような粗野で傲慢な男だ。
9・11以後に対するビアの関心は、これまでの作品では、予期せぬ事態によって揺らぐ日常というかたちで表れていたが、この新作では“復讐”が鍵を握る。但し、彼女が描き出すのは、やられたらやり返すという単純な復讐ではない。
たとえば、母親の死の責任が父親にあると思い込むクリスチャンは、父親と向き合うのではなく、アントンを殴った男に怒りの鉾先を向け、爆弾で復讐しようとする。別居しているアントンの妻は、夫の過去の裏切りを赦せない。力に魅了されるエリアスには、父親の非暴力が理解できない。医師の義務を果たそうとするアントンも、決して揺るぎない信念の持ち主ではない。だから難民キャンプで自分を見失ってしまう。しかし、だからこそ彼には、クリスチャンの心情が理解でき、その命を救うことになる。
登場人物が有機的に結びついたこのドラマにはこれまでにない緊張感があり、負のスパイラルが赦しへと鮮やかに反転していく結末には深い感動がある。
ビアはこれまで登場人物の顔にこだわり、顔のクローズアップを多用して、その複雑な感情を表現してきた。そのスタイルはこの映画にも引き継がれているが、もうひとつ見逃せないのが自然という要素だ。
この映画ではデンマークの町とアフリカの難民キャンプを取り巻く自然の映像が印象に残る。ビアは単にドラマの背景として美しくかつ苛酷な自然の風景を挿入しているわけではない。風力発電機のプロペラやアントンが子供たちと揚げる凧、渡り鳥の群れ、難民キャンプではためくテント、巻き上がる砂埃など、彼女は映像で風をとらえている。
その風は境界を超え、私たちの視野を広げていく。ビアは、様々な要素が絡み合い、負のスパイラルから生まれる復讐を、自然という大きな世界からとらえる。そこには、人間中心主義から脱却しようとする新たな姿勢を垣間見ることができるだろう。 |