アフター・ウェディング
Efter Brylluppet / After the Wedding


2006年/デンマーク/カラー/119分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:「eiga.com」2007年10月16日更新、加筆)

 

 

地位や財力、あるいは理想に支えられた愛情が、
ひとりの父親の愛に変わり、自分の目覚めていく

 

 スサンネ・ビアが『ある愛の風景』につづいて作り上げた『アフター・ウェディング』は、『ある愛の風景』やその前の『しあわせな孤独』とはいささか趣を異にしている。思いもよらない出来事によって日常が崩壊しかけたとき、人はその状況にどのように対処するかというビアの一貫した関心は、この作品にも引き継がれている。だが、登場人物の設定や関係、物語にこれまでにないひねりが加えられている。

 映画は、インドで孤児たちの援助活動に従事するデンマーク人ヤコブのもとに、デンマーク人の実業家ヨルゲンから巨額の寄付金の申し出が舞い込むところから始まる。その条件は、ヨルゲンと直接会って話をすることだった。久しぶりにデンマークに戻ったヤコブは、ヨルゲンから強引に誘われ、彼の娘の結婚式に出席することになる。

 主人公のヤコブとヨルゲンが生きているのは、必ずしも平凡な日常ではない。ビアは、ドラマのなかで彼らの世界や姿勢を、さり気なく巧みに表現している。

 ヨルゲンの屋敷で印象に残るのは、壁や家具の上に飾られた野生動物の剥製だ。おそらく彼は狩猟を趣味としている。それは自分の力を誇示するような類の狩猟だ(筆者は狩猟に大きな関心を持っているが、イルカ漁を題材にした『ザ・コーヴ』でも書いたように、そこにはもっと深い世界がある)。彼は家族思いの父親だが、ビジネスでは世界を思い通りにコントロールしようとする。グローバリゼーションの波に乗って、海外に拠点を確保し、ビジネスを拡大するという野心を持っている。


◆スタッフ◆
 
監督/原案   スサンネ・ビア
Susanne Bier
脚本/原案 アナス・トーマス・イェンセン
Anders Thomas Jensen
撮影 モーテン・ソーボー
Morten Soborg
編集 ペニッラ・ベック・クリステンセン、モーテン・ホイビエ
Pernille Bech Christensen, Morten Hobjerg
音楽 ヨハン・セーデルクヴィスト
Johan Soderqvist
 
◆キャスト◆
 
ヤコブ   マッツ・ミケルセン
Mads Mikkelsen
ヨルゲン ロルフ・ラッセゴード
Rolf Lassgard
ヘレネ シセ・バベット・クヌッセン
Sidse Babett Knudsen
アナ スティーネ・フィッシャー・クリステンセン
Stine Fischer Christensen
クリスチャン クリスチャン・タフドルップ
Christian Tafdrup
マーティン フレデリック・グリッツ・アーンスト
Fredrik Gullits Ernst
モートン クリスチャン・グリッツ・アーンスト
Kristian Gullits Ernst
アネッテ イーダ・ドウィンガー
Ida Dwinger
プラモド ニーラム・ムルチャンダニ
Neeral Mulchandani
-
(配給:シネカノン)

 “コントロール”はビア作品のひとつのキーワードといえるかもしれない。『ある愛の風景』に登場するミカエルは、強い責任感と義務感を持ち、どんな罪でも償わなければならないし、償うことができると信じていた。ところがそんな彼は、アフガニスタンで取り返しのつかない罪を犯すことになる。『アフター・ウェディング』でも、ヨルゲンが世界をコントロールできると信じていることが、その後のドラマを際立たせるひとつの要因になっている。

 一方、ヤコブの世界や姿勢は、ヨルゲンとはまったく対照的だ。彼が運営する孤児院は深刻な財政難に陥っている。インドの貧困の世界では、コントロールできることなど何もない。この映画では、ヨルゲンが用意したホテルにヤコブが案内される場面で、そんな彼の感情を垣間見ることができるだろう。その部屋は決して派手さはないが、あらゆる設備が埋め込まれ、アメニティが突きつめられている。ヤコブはそんな空間を醒めた目で見渡す。快適であるはずの空間ではあるが、その胸中は穏やかではない。

 そして、ふたりの主人公にそれぞれに思いもよらない出来事が起こる。ヨルゲンは、自分の余命が残り少ないことを知る。ヤコブは、自分に娘がいて、目の前で結婚式を挙げていたことを知る。

 彼らはそんな事態にどう対処するのか。最初はどちらも、これまでそういうものだと信じてきた自分として行動しようとする。ヨルゲンは、自分の地位や財力によって自分の手の届かない未来までもコントロールしようとする。何もコントロールできないヤコブは、結果がわかっていても理想を貫くしかない。

 監督のビアは、そんなふたりが、それぞれにひとりの父親としての愛に突き動かされ、自分に目覚めていく姿を、彼らに寄りそうようなアプローチでリアルに描き出している。

 ヨルゲンは父親として、確かに血の繋がりのない娘を愛し、大切に育ててきた。だが、その愛情にはどこかに実業家としての側面が含まれていた。だから、結果として不誠実な男との結婚を積極的に受け入れていた。彼は新郎の資質を見抜ける立場にいたにもかかわらず。ヤコブは、インド人の孤児のプラモドと自分の息子のように接していた。しかし、それは理想に支えられた愛情だった。彼は自分の娘と正面から向き合うことで、その違いを理解する。

 そして、ヨルゲンとヤコブは、『ある愛の風景』のサラと同じように、思いもよらない出来事をきっかけにより深い愛に目覚めるのだ。


(upload:2010/09/23)
 
 
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突然の悲劇、安全な場所、西洋と非西洋、アフリカ――
アイラ・モーリーの『日曜日の空は』とスサンネ・ビアの世界をめぐって
■
『未来を生きる君たちへ』公式HP ■

 
 
 
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