同じ監督が自分の作品をリメイクするというのはそうそうあることではないが、この『ナイトウォッチ』はそんな珍しいケースから生まれた異色のスリラー映画だ。デンマーク人のオーレ・ボールネダルは、テレビ界で活躍した後、94年に自ら脚本を書いた『モルグ』で監督デビューを飾った。この『モルグ』はデンマークのみならず海外でも大きな注目を集め、ボールネダルはアメリカのミラマックスと3作品の契約を結ぶことになった。そのアメリカ進出の第1弾となるのが、出世作『モルグ』をリメイクした『ナイトウォッチ』なのだ。
オリジナルの『モルグ』は、ポスト冷戦時代に登場してきた新世代のヨーロッパ映画を紹介する企画“ユーロ・ニューオーダーズ”の一本として2、3年前に日本でも公開され、その時点ですでにリメイクの話が決定していたのだが、確かにこの映画にはアメリカのスリラー映画とは異質な面白さがあると思った。それはたとえば、モルグという近寄りがたい世界を舞台にしたり、屍姦というタブーを盛り込みながら、ブラック・ユーモアを交えて巧みにドラマを組み立て、人間の欲望や心の闇を描きだすセンスだ。
そのセンスは、同じデンマークの監督で、『エレメント・オブ・クライム』や『奇跡の海』といった作品で世界的に評価されているラース・フォン・トリアーが93年に監督したテレビ・シリーズ『キングダム』にも通じるものがある。日本でも話題になったのでご存知の方も多いと思うが、このシリーズでは、コペンハーゲンにある巨大病院という聖域を舞台に、謎解きの物語が展開していくかに見える。ところが、気づいてみるとその謎の周囲にたむろする人間たちの実態が強烈なブラック・ユーモアを通して浮き彫りにされ、病院に象徴される権威や秩序が崩れていく。
『モルグ』も連続殺人事件や屍姦、娼婦との危ういゲームをめぐって異様な静寂と闇に包まれたモルグに混乱が生じることによって、絶対的に見えた聖域の秩序が崩壊していく面白さがある。
また『キングダム』には、舞台となる巨大病院が、かつて洗濯池だった湿地帯の上に建てられ、長年のあいだに地下からひたひたと侵食されつつあるというような設定があった。『モルグ』でも、謎めいた男の写真が壁に張られた夜警室や昔起こった屍姦のことをいわくありげに話す前任の夜警の老人などが印象的に描かれ、ヨーロッパ的な時間のよどみがかもしだすゴシック的な雰囲気がドラマを際立たせている。
『ナイトウォッチ』は、そんな『モルグ』をかなり忠実にリメイクしている。一見したところでは、キャストやセットで作られたモルグが豪華になったことを除けばあとは何も変わっていないように感じられるかもしれない。しかしオリジナルとリメイクでは、作品全体から受ける印象が異なる。それはドラマのポイントが違うところにあるからだ。
『モルグ』は、モルグを舞台としたスリラーであると同時に、主人公マーティンと親友イェンス、それぞれの恋人であるカリンカとロッテというふた組のカップルの関係にも重点が置かれている。
映画は、4人が集まってワインを飲みながら楽しく話をしているところから始まる。テレビが連続殺人事件のニュースを報じているときに、誰かがワインのボトルを倒してしまい、テーブルに流れる赤ワインが血を連想させる。それが後できわどいブラック・ユーモアになる。
ロッテは教会の侍者をつとめていて、3人は聖体拝領の儀式を受けるためにその教会を訪れる。ところが二日酔いだったイェンスは儀式の最中に、キリストの血を意味するワインを無理に飲んで気分が悪くなり、教会のなかで吐くというとんでもないことをしでかし、ロッテに大恥をかかせてしまう。
これは実にきわどいユーモアだが、イェンスの神をもおそれぬ危ないキャラクターをよく物語り、結果的に彼は痛い思いをして罰があたることになる。そしてこの映画では、事件がすべて解決した後で、最後にふた組のカップルが一緒に結婚式を挙げることになる。つまり『モルグ』の方には、主人公たちが若さにまかせて道を踏み外し、悪夢のような事件に巻き込まれるが、最後には落ち着くところに落ち着くといったドラマの流れがある。 |