だが、そんなテレサもホロコーストという現実に絶望し、神を見失いかけ、教会の自室で密かに自身を鞭打っている。彼女は人気のない夜の街で、フレデリックが近付いてきたとき、不意に彼にキスをする。悪魔とキスをすれば罰がくだり、神の存在を確かめられると思ったからだ。その瞬間の彼女には狂気と異様な冷静さがあり、彼は完全に呑まれる。その後、彼らが夜の教会で出会う場面でも、彼女の狂気と冷静さが際立つ。
学校が誤爆されたとき、ふたりは想像を絶する状況で向き合うことになるが、そこで彼らがそれぞれに何を思っていたのかは想像に委ねられている。
もう一組は、事情があって一緒に学校に通うことになるヘンリーとエヴァだ。
本作の物語は、誤爆のひと月ほど前に、ユトランド半島の田舎で起こる誤射の悲劇から始まる。若い女性たちが着替えてタクシーに乗り込み出発する。ところが間もなく、空からの機銃掃射で運転手と彼女たちは一瞬にして命を奪われる。その近くを自転車で走っていたヘンリーは、現場に駆け付け、あまりにも無残な光景を目の当たりにして言葉を発することができなくなる。地元の医者もその失語症をどうすることもできない。
ヘンリーの母親は、息子の生活環境を変えることを考え、彼をコペンハーゲンに暮らす妹の一家に預ける。ヘンリーは、従姉妹のリーモアと彼女の友人エヴァと一緒に学校に通うことになる。
では、そのヘンリーとエヴァがどのように対置されるのか。エヴァもしばらく前に、街中でHIPOのメンバーがレジスタンスによって射殺されるのを目撃していた。彼女もヘンリーと同じように、人が殺されるのを見たが、言葉を失うことはなかった。
ふたりが意図的に対置されていることは、他にも共通するエピソードがあることでわかる。ヘンリーが言葉を失ったとき、地元の医者は彼を恫喝することでしゃべらせようとする。エヴァの父親は朝食を食べようとしない彼女を恫喝し、食事をとらずに死んだ子供の話をする。それらはある種の伏線ともいえる。
学校が誤爆されたとき、一緒にいたヘンリーとエヴァは、まったく対照的な変化を遂げる。ヘンリーはどうしても話さなければならない状況に追い込まれる。一方、エヴァは表情を失い、抜け殻になってしまったようにも見える。彼らのなかでどんな変化が起こっているのかは、やはり私たちの想像に委ねられている。
フレデリックとテレサ、ヘンリーとエヴァ。本作は誤爆の悲劇をリアルに再現するだけでなく、彼らの心理に解釈の余地が遺され、独特の余韻を醸し出している。 |