その瞳に映るのは
Skyggen i mit oje / The Shadow in My Eyes


2021年/デンマーク/デンマーク語・英語・ドイツ語・フランス語/カラー/99分/スコープサイズ
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(初出:)

 

 

ナチス占領下のコペンハーゲンで起こった学校誤爆の悲劇
運命が変わる2組4人の人物のコントラストが醸し出す余韻

 

[Introduction] 『モルグ』『ナイトウォッチ』『ポゼッション』『コールド・アンド・ファイヤー 凍土を覆う戦火』などで知られるデンマークのオーレ・ボールネダル監督の新作。題材になっているのは、第二次世界大戦末期の1945年3月21日に、イギリス空軍が実施した「カルタゴ作戦」の悲劇。イギリス空軍は、ナチス占領下にあるデンマーク、コペンハーゲンにあるゲシュタポ司令部をピンポイントで爆撃する計画を立てたが、司令部だけでなく、隣接する学校を誤爆し、86人の子供を含む125人が死亡し、67人の子供を含む102人が負傷した。

 本作では、そんな作戦が遂行されようとしていることなど知る由もなくコペンハーゲンで日々を送る人々、学校に通う子供たちや生徒を指導する修道女たち、あるいは、ナチスに協力するデンマーク人から成るHIPOのメンバーの運命が急変し、死の淵へと追いつめられていく姿が生々しく描き出される。主要な登場人物のひとりであるHIPOのメンバーで、修道女テレサとの出会いによって心が揺らいでいくフレデリックを、『ある戦争』や「ヴァイキング 〜海の覇者たち〜」のアレックス・ホイ・アンデルセン、神を見失いかけている修道女テレサを、オーレ・ボールネダル監督の娘で、『特捜部Q カルテ番号64』に出演していたファニー・ボールネダルが演じている。

 本作の冒頭ではカルタゴ作戦が以下のように説明される。

「1945年初頭、レジスタンスは英国にゲシュタポ司令部への爆撃を要請。英国空軍は捕虜が”人間の盾”にされていたため躊躇した。しかし3月、レジスタンスが一掃の危機を迎えると、攻撃命令が下された」

 本編では、占領下のコペンハーゲンでの生活、ナチスに協力するHIPOとレジスタンスの激しいせめぎ合い、イギリス空軍のゲシュタポ司令部への爆撃、学校の誤爆、生き埋めになった生徒や修道女と懸命の救出作業などがリアルに描き出される。

 脚本も手がけたオーレ・ボールネダル監督は、そのなかでも2組4人の人物たちを特に印象的に描き出している。

 まず、ナチスに協力するHIPOに所属するフレデリックと学校で子供たちを指導する修道女のテレサ。街中でレジスタンスの男を集団で暴行し、ゲシュタポ司令部に連行しようとしたフレデリックは、自分を見つめる修道女の存在に気づく。彼は唾を吐いて彼女に歩み寄り、高圧的な態度で話しかけるが、彼女はまったく怯むことなく、顔を寄せて「悪魔ね、神を見つけないと地獄に落ちるわよ」と囁く。彼は動揺し、彼女のことが頭から離れなくなっていく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   オーレ・ボールネダル
Ole Bornedal
撮影監督 ラッセ・フランク・ヨハネッセン
Lasse Frank Johannessen
編集 アンダース・ヴィラードセン
Anders Villadsen
音楽 マルコ・ベルトラミ、バック・サンダース、キーリー・トージュセン
Marco Beltrami, Buck Sanders, Ceiri Torjussen
 
◆キャスト◆
 
フレデリック   アレックス・ホイ・アンデルセン
Alex Hogh Andersen
テレサ ファニー・ボールネダル
Fanny Bornedal
ヘンリー バートラム・ビスゴ・エネヴォルドセン
Bertram Bisgaard Enevoldsen
リーモア エスター・バーチ
Ester Birch
エヴァ エラ・ヨセフィーネ・ルンド・ニルソン
Ella Josephine Lund Nilsson
リーモアの母 ダニカ・クルチッチ
Danica Curcic
ヘンリーの母 マリア・ロシン
Maria Rossing
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(配給:Netflix)
 

 だが、そんなテレサもホロコーストという現実に絶望し、神を見失いかけ、教会の自室で密かに自身を鞭打っている。彼女は人気のない夜の街で、フレデリックが近付いてきたとき、不意に彼にキスをする。悪魔とキスをすれば罰がくだり、神の存在を確かめられると思ったからだ。その瞬間の彼女には狂気と異様な冷静さがあり、彼は完全に呑まれる。その後、彼らが夜の教会で出会う場面でも、彼女の狂気と冷静さが際立つ。

 学校が誤爆されたとき、ふたりは想像を絶する状況で向き合うことになるが、そこで彼らがそれぞれに何を思っていたのかは想像に委ねられている。

 もう一組は、事情があって一緒に学校に通うことになるヘンリーとエヴァだ。

 本作の物語は、誤爆のひと月ほど前に、ユトランド半島の田舎で起こる誤射の悲劇から始まる。若い女性たちが着替えてタクシーに乗り込み出発する。ところが間もなく、空からの機銃掃射で運転手と彼女たちは一瞬にして命を奪われる。その近くを自転車で走っていたヘンリーは、現場に駆け付け、あまりにも無残な光景を目の当たりにして言葉を発することができなくなる。地元の医者もその失語症をどうすることもできない。

 ヘンリーの母親は、息子の生活環境を変えることを考え、彼をコペンハーゲンに暮らす妹の一家に預ける。ヘンリーは、従姉妹のリーモアと彼女の友人エヴァと一緒に学校に通うことになる。

 では、そのヘンリーとエヴァがどのように対置されるのか。エヴァもしばらく前に、街中でHIPOのメンバーがレジスタンスによって射殺されるのを目撃していた。彼女もヘンリーと同じように、人が殺されるのを見たが、言葉を失うことはなかった。

 ふたりが意図的に対置されていることは、他にも共通するエピソードがあることでわかる。ヘンリーが言葉を失ったとき、地元の医者は彼を恫喝することでしゃべらせようとする。エヴァの父親は朝食を食べようとしない彼女を恫喝し、食事をとらずに死んだ子供の話をする。それらはある種の伏線ともいえる。

 学校が誤爆されたとき、一緒にいたヘンリーとエヴァは、まったく対照的な変化を遂げる。ヘンリーはどうしても話さなければならない状況に追い込まれる。一方、エヴァは表情を失い、抜け殻になってしまったようにも見える。彼らのなかでどんな変化が起こっているのかは、やはり私たちの想像に委ねられている。

 フレデリックとテレサ、ヘンリーとエヴァ。本作は誤爆の悲劇をリアルに再現するだけでなく、彼らの心理に解釈の余地が遺され、独特の余韻を醸し出している。


(upload:2022/03/30)
 
 
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ジョン・マッデン
『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』 レビュー
■
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