オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―
Operation Mincemeat


2022年/イギリス/英語/カラー/128分/スコープサイズ/5.1chデジタル
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(初出:)

 

 

第二次世界大戦、戦争の行方を左右するシチリア島攻略を
大成功に導いた英国諜報部[MI5]の前代未聞の奇策とは...!?

 

[Introduction] 原作は、英国の作家ベン・マッキンタイアーが、最も奇想天外ながら最も成功した欺瞞作戦の全容を明らかにした『ナチを欺いた死体-英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』。目標がシチリア島ではなくギリシャだと思わせるために英国諜報部(MI5)が捻りだしたのは、死体を高級将校に仕立て上げ、ヒトラーを騙すための偽の文書を持たせ、ナチの勢力圏内の海岸に漂着させるという突拍子もない大芝居だった。ちなみに、このミンスミート作戦は、50年代にロナルド・ニーム監督によって『実在しなかった男(原題)/The Man Who Never Was』(56)として、一度、映画化されている。
『恋に落ちたシェイクスピア』『女神の見えざる手』ジョン・マッデンが監督、ミンスミート作戦を指揮する元弁護士の海軍情報将校モンタギューを『英国王のスピーチ』のコリン・ファース、彼とコンビを組むMI5所属のチャムリー大尉を『エジソンズ・ゲーム』のマシュー・マクファディン、海軍省で働き作戦の鍵を握ることになるジーンを『ノーカントリー』ケリー・マクドナルド、モンタギューの右腕ヘスターを「ダウントン・アビー」のペネロープ・ウィルトン、作戦の発案者であるイアン・フレミング少佐を『スターダスト』のジョニー・フリン、ゴドフリー提督を『ホテル・ムンバイ』ジェイソン・アイザックスが演じる。(プレス参照)

[Story] 1943年、第二次世界大戦が激化するなか、なんとかシチリア島攻略を成功させたいチャーチル首相に、ゴドフリー提督と諜報機関20委員会のマスターマン委員長は、標的がギリシャだとヒトラーを欺くことを約束する。その欺瞞作戦を指揮することになったのは、元弁護士のモンタギューと彼の提案を支持したMI5所属のチャムリー大尉。ふたりは、イアン・フレミング少佐が考え出した「偽造文書を持たせた死体を海に流す」という奇策をもとにした作戦の準備を進めていく。

 溺死した兵士に見える死体を探し歩き、ようやくホームレスの死体を手に入れ、その死体を”英国海兵隊のビル・マーティン少佐”に仕立てるため、細部まで完璧なプロフィールを作り上げる。死体に恋人の写真を持たせることにし、海軍省で働くジーンが自身の写真と引きかえに作戦に参加し、恋人パムの人物像を練り上げる。そしてついに、作戦の全貌が要人たちに発表される。それは、偽装書類を携えた死体を潜水艦からスペインの海岸へと流し、ヨーロッパ各国の二重三重スパイたちの手を経由して、ベルリンの諜報機関へと到達させるという前代未聞の作戦だった。

[以下、本作のレビューになります]

 本作の面白さは、まず題材になっているミンスミート作戦の重要性と中身のギャップにある。ベン・マッキンタイアーの原作『ナチを欺いた死体 ――英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』には、重要性が以下のように綴られている。

「論理的に考えて、チャーチルの言う柔らかな「枢軸側の下腹部」へ強烈な一発をお見舞いするには、シチリアから攻めるのが最善だ。長靴の形をしたイタリアの爪先に浮かぶ同島は、地中海の南と北とを結ぶ航路を押さえており、チュニジアの海岸からは、わずか一三〇キロメートルほどしか離れていない。もし英米連合軍が、ヨーロッパを解放し、イタリアをファシスト政権の支配から引き離し、ナチという怪物を押し戻そうというのであれば、まずシチリアを奪取しなければならない」


◆スタッフ◆
 
監督   ジョン・マッデン
John Madden
脚本 ミシェル・アシュフォード
Michelle Ashford
原作 ベン・マッキンタイアー
Ben Macintyre
撮影監督 セバスチャン・ブレンコフ
Sebastian Blenkov
編集 ヴィクトリア・ボイデル
Victoria Boydell
音楽 トーマス・ニューマン
Thomas Newman
 
◆キャスト◆
 
ユーエン・モンタギュー   コリン・ファース
Colin Firth
チャールズ・チャムリー マシュー・マクファディン
Matthew Macfadyen
ジーン・レスリー ケリー・マクドナルド
Kelly Macdonald
ヘスター・レゲット ペネロープ・ウィルトン
Penelope Wilton
イアン・フレミング ジョニー・フリン
Johnny Flynn
ジョン・ゴドフリー ジェイソン・アイザックス
Jason Isaacs
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(配給:ギャガ)
 

「連合軍にとって、シチリアが戦略的に重要なことは明々白々だったが、それはイタリアとドイツにとっても同じだった。チャーチルは上陸候補地について、「よほどのバカでない限り、誰にだってシチリアだと分かりそうなものだ」と直言している。それに、何が起こるか予想できないほど敵がバカだとしても、イギリスとアメリカおよびイギリス連邦諸国の軍隊一六万と、三二〇〇隻の艦船から成る大艦隊が上陸作戦に向けて集結し出せば、いくな何でも気づかれないはずがない。全長八〇〇キロに及ぶシチリア島の海岸線は、すでに七〜八個師団が防備を固めている。もしヒトラーが、連合軍の次の一手を正確に予測できるなら、フランスで待機している数万のドイツ兵を増援のため派遣するだろう。そうなれば、柔らかな下腹部は硬い筋肉の塊となり、上陸作戦の場は血の海と化すだろう」

 どう考えても目標はシチリアだが、それをギリシャだと思わせるために捻りだされたのが、実在しない男を実在させ、偽の文書を持たせた男の遺体を海に流し、情報をベルリンまで届けるという奇想天外な欺瞞作戦。

 そのギャップだけでも十分に面白いと思えるが、本作の作り手は、それをさらに際立たせるような脚色を施している。脚本を手がけたミシェル・アシュフォードは、原作のなかのある部分に特に注目している。それは、作戦を指揮するユーエン・モンタギューと、海軍省で働いていて作戦に参加することになるジーン・レスリーの関係だ。モンタギューは、手に入れた遺体にウィリアム(ビル)・マーティンという名前をつけ、彼にはパムという婚約者がいるという設定にした。そのパムの写真を提供したのがジーンで、彼女はパムの人物像を作り上げるのに貢献していく。そこで、この脚本家の想像力を刺激したと思われる記述を原作から抜き出してみたい。

「この、あちこち走りまわっていた美少女が、ユーエン・モンタギューの目に留まった。ジーンも、愛想がよくて見るからにハンサムな年上の将校が自分を特別な目で見ているらしいことに、きちんと気づいていた。「実を言うと、私をちょっと目で追っていました。ずいぶん夢中になっていたみたいです」。事実そのとおりだった。モンタギューの書いた文書は、公文書であれ私文書であれ、彼女のことを「チャーミング」「非常に魅力的」など、さまざまな賛美の言葉で形容していた」

「しかもモンタギューは、ビル・マーティンとの一体化をさらに推し進めていた。
 「ユーエンはその役になりきっていました」と、ジーン・レスリーは語っている。「彼はウィリアム・マーティンで、私はパム。あの人の頭の中では、そういうふうになっていたみたいです」。モンタギューは(ビルとして)、(パム)であるジーンを熱心に口説き始めた。クラブに映画に食事にと、次々と連れて行く。プレゼントもアクセサリーも贈ったし、「ビル」の形見としてイギリス海兵隊のワイシャツのセパレート・カラーも渡した」

「ユーエン・モンタギューとジーン・レスリーの関係は、もしかすると単なる恋人ごっこで、恋愛を模した他愛ないおふざけの域を出るものではなかったかもしれない。後に愛のメッセージが書かれた写真をアイリスに見られたとき、モンタギューは、これは単なるジョークで、戦争での作戦の一部にすぎず、自分(と自分の分身)とジーン(とジーンの分身)の間には何もなかったと言った。妻は夫の言い分を信じたかもしれない。実際、モンタギューの言うとおりだったのかもしれない」

 脚本家アシュフォードは、このような記述によほど刺激されたのか、そこに脚色をほどこし、モンタギューとジーンの関係に、モンタギューとコンビを組むチャールズ・チャムリーまで絡ませる。本作では、チャムリーがジーンに密かに心を惹かれていて、彼女が作戦に関与するきっかけを作るが、その期待とは裏腹に彼女はモンタギューと、引用したような関係になっていく。

 つまり、作戦の重要性と中身のギャップだけでなく、その中身から生まれる恋愛関係を強調することで、ギャップがさらに大きくなる。ちなみに、ミンスミート作戦は、50年代に一度、『実在しなかった男(原題)/The Man Who Never Was』(56)として映画化されているが、そちらは、タイトルにある「実在しなかった男」を影の主人公にすることで、一貫性を感じさせる物語になっている。

 話は本作に戻るが、筆者が特にこのモンタギューとジーンの関係に注目したのは、それが、設定はまったく違うにもかかわらず、ジョン・マッデンのヒット作『恋に落ちたシェイクスピア』 (98)を思い出させるからでもある。シェイクスピアとヴァイオラの真実の恋が、舞台の上だけでしか成就されないものであるように、モンタギューとジーンの恋も作戦のなかにだけ存在するウィリアム・マーティンとパムの間でしか成就されない運命にある。そういう意味で本作は、異色の戦争映画であると同時に異色の恋愛映画にもなっている。

《参照/引用文献》
『ナチを欺いた死体――英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』●
ベン・マッキンタイアー

小林朋則訳(中央公論新社、2011年)

(upload:2022/02/04)
 
 
《関連リンク》
ロナルド・ニーム
『実在しなかった男(原題)/The Man Who Never Was』 レビュー
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