クルーニーの監督デビュー作『コンフェッション』は、かつてテレビ界で一世を風靡したプロデューサー、チャック・バリスの現実離れした自伝に基づいている。なんとバリスはその自伝のなかで、彼がテレビ・プロデューサーとCIAのヒットマンという二つの顔を持っていたと告白している。実はこの作品はクルーニーのオリジナルな企画ではなく、監督の降板が続いたため、すでに出演が決まっていた彼が引き受けることになった。それができたのは、テレビの現場をよく知り、ジャーナリズムに関心を持っていたからだろう。彼は、テレビのバラエティ番組と冷戦の最前線という対極の世界を通して、時代や社会が見えてくるような作品を作り上げた。
そんなクルーニーの関心は、50年代を背景にした2作目の『グッドナイト&グッドラック』でさらに具体化される。共産主義者の排除という名目と恐怖によって大衆に沈黙を強いる権力に、実在したニュースキャスター、エドワード・R・マローとCBSの番組スタッフが立ち向かうドラマでは、冷戦という状況とテレビというメディアが結びつき、緊張感が生み出されているからだ。
この映画には、その後の監督作にも通じるクルーニーの志向や世界観がよく表れている。まず彼は実話にこだわり、実話にインスパイアされた物語を作っている。しかし、ただ時代や歴史を再現するわけではなく、そこには独自の視点が埋め込まれている。この映画が描くのは善と悪の対立だけではない。理想を守ろうとするマローとスタッフの立場は、テレビ局の経営陣、スポンサー、視聴者との力関係に左右されていく。そこでこれ以後の作品では、理想を守ることの困難さが、様々な形で掘り下げられていく。
3作目の『かけひきは、恋のはじまり』では、アメリカン・フットボールの黎明期にあたる1920年代に活躍したジョージ・ハラスやレッド・グレンジにインスパイアされた物語が描かれる。資金難でチームが解散に追い込まれたプロのベテラン選手ドッジは、プロより遥かに人気がある大学のチームで活躍するスター選手カーターをスカウトし、チームを復活させようとする。この映画のポイントになるのは、第一次大戦の英雄でもあるカーターがある秘密を抱えていることだ。プロリーグの未来のためにはスター選手が必要だが、秘密が明らかになればその夢が失われる。そこで理想をめぐる葛藤が生じる。
4作目の『スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜』は、2004年の民主党大統領予備選で選挙キャンペーンのスタッフを務めたボー・ウィリモンの戯曲に基づいているが、2004年に下院議員に立候補した父親を応援したクルーニーの視点も反映されている。大統領予備選を舞台にしたこの映画では、キャンペーンチームの副参謀が、自陣のインターンやライバル陣営の参謀、女性記者と熾烈な駆け引きを繰り広げるうちにある秘密を握る。大統領を目指す知事が掲げる未来や理想は、その秘密によって歪んでいくことになる。
そして、クルーニーの志向や世界観は、この『ミケランジェロ・プロジェクト』にも引き継がれている。まずこの物語は、これまであまり知られることがなかったモニュメンツ・メンの実話に基づいている。この映画に登場するモニュメンツ・メンのメンバーは複雑な葛藤を余儀なくされる。いかに連合軍が優位に立ち、勝利が見えているとはいえ、戦争はまだ終わっていない。美術品を守るという任務は、前線で戦う軍人には理解されるはずもない。もちろん優先されるべきは人命だが、取り戻された美術品はやがて戦後を生きていく人々を支える礎となるに違いない。そう信じる主人公たちは、未来や理想をめぐる葛藤を抱えることになる。
但し、この映画に見られる葛藤には異なる側面もある。これまでの作品で描き出されてきたのは、アメリカの未来や理想をめぐる葛藤だったが、この映画の場合は違う。モニュメンツ・メンのメンバーには、クレルモンやジェフリーズのようにフランス人やイギリス人も含まれている。フランス人の学芸員シモーヌは、最初は彼らへの協力を拒むがやがて葛藤を共有するようになる。一方でモニュメンツ・メンは、ヒトラーの「ネロ指令」を実行に移すドイツ軍や美術品の略奪を目論むソ連軍の脅威にさらされる。
英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語などが飛び交うドラマから浮かび上がるのは、世界の未来や理想をめぐる葛藤であり、そこには、アメリカ人というよりもコスモポリタンとしてのクルーニーの世界観が表れている。 |