ファミリー・ツリー
The Descendants


2011年/アメリカ/カラー/115分/シネマスコープ/ドルビーSR・SRD
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(初出:『ファミリー・ツリー』劇場用パンフレット)

 

 

連綿とつづく生の営み

 

 『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(99)、『アバウト・シュミット』(02)、『サイドウェイ』(04)、そして7年ぶりの新作となる『ファミリー・ツリー』。アレクサンダー・ペイン監督の作品には共通点がある。人生の危機に直面した主人公の行動や心理がユーモアを交えて描き出される。

 そういう設定やスタイルで映画を撮る監督は他にもいるが、ペインは一線を画している。実はこの四作品にはすべて原作となった小説があるが、他の監督が映画化しても、彼のような世界が切り拓けるわけではない。

 あまり目立たないが、ペインの作品には別の共通点がある。まず『ハイスクール白書』を振り返ってみよう。ネブラスカ州オマハを舞台にしたこの映画では、表彰もされた信頼が厚い教師が、上昇志向のかたまりのような女子生徒の生き方に抵抗を覚えたことがきっかけで人生の歯車が狂い出し、仕事も家庭もすべてを失ってしまう。

 最後に逃げるようにニューヨークに向かった彼は、自然史博物館の教育部門に就職し、新たな人生を歩み出す。筆者が注目したいのは、その自然史博物館に展示された原始人のジオラマだ。さり気なく映像が挿入されるだけなので記憶している人は少ないだろう。

 しかし、『アバウト・シュミット』を振り返ってみると、そのことが気になってくるはずだ。同じくオマハを舞台にしたこの映画では、定年退職し、妻に先立たれた孤独な主人公が、一人娘とどうしようもない男の結婚を阻止するためにデンバーに向かう。

 結局なにもできなかった彼は、帰りに開拓者たちを記念して建てられたアーチに立ち寄る。その内部は博物館になっていて、開拓者たちのジオラマを通して歴史を目の当たりにした彼は、自分がいかに小さな存在であるのかを悟る。

 どちらの作品でも、人生の危機に直面し、自分や家族という身の周りのことだけで頭がいっぱいになっている主人公の姿は滑稽に見える。だが、ペインはユーモアだけで終わらせない。連綿とつづく生の営みという大きな視点から彼らを見つめてもいるのだ。

 では、『サイドウェイ』の場合はどうか。ワイナリー自体がすでに歴史のジオラマのようなものだが、ワイン通である冴えない中年男である主人公が、ピノ・ノワールという品種に極端なほどのこだわりを持っていることに注目してもらいたい。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   アレクサンダー・ペイン
Alexander Payne
脚本 ナット・ファクソン&ジム・ラッシュ
Nat Faxon & Jim Rash
原作 カウイ・ハート・ヘミングス
Kaui Hart Hemmings
撮影監督 フェドン・パパマイケル
Phedon Papamichael
編集 ケヴィン・テント
KevinTent
 
◆キャスト◆
 
マット・キング   ジョージ・クルーニー
George Clooney
アレクサンドラ・キング シャイリーン・ウッドリー
Shailene Woodley
スコッティ・キング アマラ・ミラー
Amara Miller
シド ニック・クラウス
Nick Krause
従兄弟のヒュー ボー・ブリッジス
Beau Bridges
スコット・ソーソン ロバート・フォスター
Robert Forster
ジュリー・スピアー ジュディ・グリア
Judy Greer
ブライアン・スピアー マシュー・リラード
Matthew Lillard
カイ・ミッチェル メアリー・バードソング
Mary Birdsong
マーク・ミッチェル ロブ・ヒューベル
Rob Huebel
エリザベス・キング パトリシア・ヘイスティ
Patricia Hastie
-
(配給:20世紀フォックス映画)
 

 ワイナリーで開かれたレクチャーでは、ピノ・ノワールがフランスのブルゴーニュで古代から栽培され、その遺産を引き継いでワイン造りが行われていると説明される。主人公もピノ・ノワールについて「地球の太古の味だ」と説明する。つまりこの映画でも、離婚した前妻への未練を断ち切れない男の小さな世界と太古から現代に至る営みが対置されている。

 最新作の『ファミリー・ツリー』では、そんなペイン独自の視点がより鮮明になる。この映画でまず確認しておきたいのは、映画の舞台に向けられた眼差しだ。先述したように、ペインの作品には原作があるが、舞台に対するアプローチは変化している。

 『ハイスクール白書』や『アバウト・シュミット』では、ニュージャージーやロングアイランドという原作の舞台をペインの出身地であるオマハに変更し、慣れ親しんだ土地で撮っていた。しかし、『サイドウェイ』やこの新作では、ペイン自身がオマハを飛び出し、旅をすることで作品のなかに新たな風景を切り拓いている。

 そんな風景のなかで繰り広げられる物語は、ここまで書いてきたことを踏まえてみると、より興味深く思えてくるはずだ。主人公のマットは、人生最大の危機に直面して、自分と妻と娘たちのことで頭がいっぱいになる。しかし一方では、カメハメハ大王の血を引く先祖から受け継いだ土地をめぐって大きな決断を迫られている。その先祖や土地や大自然には、ペインがこれまでの作品でジオラマやピノ・ノワールを通して間接的に表現してきたものがより明確なかたちで表われている。

 しかもこの映画は、ふたつの要素が密接に結びついていくような構成になっている。マットと妻の浮気相手のスピアーはオアフ島に住んでいるが、そのスピアーは休暇でカウアイ島に滞在している。そしてマットの一族が先祖から受け継いだ土地キプ・ランチもカウアイ島にある。そのためスピアーと対面するためにカウアイ島を訪れるという気の重い旅が、同時に家族が土地や自然を通して自分たちを見直していく旅にもなっていく。

 そして、土地や先祖との繋がりが、映画のラストを印象深いものにする。母親の骨を海にまくことは彼らが死者を通して自然と繋がることを意味する。また、病院で母親に掛けられていたハワイアンキルトを膝掛けにして親子が見ているのが、ドキュメンタリーの『皇帝ペンギン』であることにも注目する必要がある。皇帝ペンギンは、餌を求めて群れを離れたメスに代わってオスが我が子を守りつづける。さらに、彼らが、あえて過酷な環境にとどまった先祖からつづく営みを連綿と繰り返してきたということも思い出される。危機を乗り越え、キルトで結ばれた親子の姿にはそんな営みを垣間見ることができるだろう。


(upload:2012/12/01)
 
 
《関連リンク》
『ファミリー・ツリー』公式サイト
『ファミリー・ツリー』劇場用パンフレット
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』 レビュー ■
『アバウト・シュミット』 レビュー ■
アイラ・モーリー 『日曜日の空は』 レビュー ■

 
 
 
 
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