アレクサンダー・ペイン監督の『アバウト・シュミット』の主人公シュミットは、42年間連れ添った妻とアメリカ中西部のオマハに暮らしている。物語は、保険会社に勤める彼が定年退職を迎えた瞬間から始まる。彼は、起業家として雑誌の表紙を飾るほどの成功を収めるという若き日の夢は叶えられなかったものの、それなりに満足できる人生を歩んできたと思っている。
ところが、毎日何もやることがなく、突然妻に先立たれ、しかもデンバーに住む娘が、ネズミ講まがいの投資話を勧めるような男と結婚しようとしている現実を目の当たりにして、これまでの人生の意味が失われるような焦りを覚える。
この物語のポイントになるのは、退職してテレビ漬けになった主人公が、CMで見たチャリティ団体に応募することだ。彼は月々22ドルの募金をすることで、アフリカの恵まれない少年ンドゥグの養父となる。それはあくまで軽い気持ちでやったことに過ぎない。ところが、団体の勧めに従って、募金とともに少年への手紙を書くようにしたことが、彼の心理や行動に影響を及ぼしていく。
保険会社に勤めていたシュミットには、人生をすべて数字に置き換え、未来を推し量ることが習性になっている。だが、まだ幼い異国の少年に、養父がどんな人間で、どんな世界に生活しているのかをわかりやすく説明しようとすることが、自分自身を見つめる鏡となり、現状が明確になるほどに、彼は自分探しを迫られるのである。
そこで彼は、自分の過去や歴史への旅を始めるが、もちろんそれだけで希望が見えてくるわけではない。生家はカーショップに変わっているし、博物館に再現された西部開拓の光景を見ても、それが心の支えになるものでもない。オマハからデンバーに乗り込み、娘の結婚を阻止する計画も失敗に終わる。
しかし、デンバーからの帰りに、開拓者たちを記念して建てられたアーチに立ち寄ったときにささやかな変化が起こる。ペインの前作『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』のラストには、ニューヨークの自然史博物館に展示された原始人のジオラマに私たちの注意を振り向けさせるような意図が感じられた。
そのことと、この開拓者を記念するアーチは無関係ではない。アーチの内部は博物館になっていて、開拓者たちのジオラマを通して歴史を目の当たりにしたシュミットは、自分がいかに小さな存在であるのかを悟る。このとき彼は、外部へと踏み出している。それはなんの外部なのか。
この映画には、同時期に公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督の『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』に通じる視点が埋め込まれている。詳しいことはレビューをお読みいただきたいが、『キャッチ・ミー〜』では、詐欺師フランクとFBI捜査官カールの擬似的な父子関係をめぐって、偽物と本物の鮮やかな転倒が起こる。簡単に言えば、偽者であるはずのふたりの関係が本物に変わるとき、フランクは彼を呪縛していた戦後のアメリカン・ウェイ・オブ・ライフから解放されている。 |