ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅
Nebraska


2013年/アメリカ/B&W/115分/スコープサイズ/ドルビーデジタル
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(初出:『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』劇場用パンフレット)

 

 

寄り道とサイレントを愛する
アレクサンダー・ペインの美学

 

 “モンタナ州のウッドロウ・グラント様 貴殿は100万ドルに当選しました”――誰が見ても古典的でインチキな手紙を、すっかり信じてしまったウディは、はるか彼方のネブラスカ州リンカーンまで、歩いてでも賞金を取りに行くと言ってきかない。息子のデイビッドは、大酒飲みで頑固な上に年々思い込みが激しくなっていくウディとは距離を置いていた。だが、母と兄に止められても決して諦めようとしない父を見兼ね、骨折り損だと分かりながらも彼を車に乗せて、4州にわたる旅に出る。[ プレスより]

 アレクサンダー・ペインは、これまで日本公開(あるいはDVD化)された4本の作品すべてで、監督のみならず脚本も手がけていた。しかし、新作『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』では、脚本にはクレジットされていない。ボブ・ネルソンのオリジナル脚本はペインのために書かれたものではないが、そこには彼のイマジネーションを刺激する要素が十分に盛り込まれていた。

 ペインの『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(99)や『アバウト・シュミット』(02)は、原作小説ではそれぞれニュージャージーとロングアイランドが舞台になっているが、彼はそれらを自分の出身地であるネブラスカ州オマハに変更して映画化した。そんな故郷にこだわりを持つペインが、ネブラスカ州を舞台にした物語に惹かれないはずはないだろう。

 しかしもちろん、舞台や風景だけではペインの世界にはならない。この新作には他に注目すべき点がふたつある。ひとつは“寄り道”だ。ペインの作品では、旅のなかの寄り道が重要な意味を持つ。それは主人公の過去に通じていて、人物の内面を映し出していく。

 『アバウト・シュミット』の主人公は、娘の結婚式に出るためにオマハからデンバーに向かう。ところが、準備を手伝えればと早く出発したものの、娘に迷惑がられ、自分の生家や母校の大学に寄り道することになる。そんな旅からは喪失感や孤独が浮かび上がる。

 『サイドウェイ』(04)の主人公は、ワイン巡りの旅の前に実家に立ち寄る。目的は母親の金をくすねることだが、そのとき彼はふと亡父や妹の写真に目を止め、屈折した感情をにじませる。そんな家族の記憶は最初は大して意味があるようには見えないが、実は主人公が彼らをモデルに小説を書き、ヒロインがその原稿からなにを読み取るかで彼の運命が決まるとなれば、話が違ってくるだろう。

 『ファミリー・ツリー』(11)の主人公は、事故で昏睡に陥った妻と浮気していた男に会うために娘たちを引き連れ、オアフ島からカウアイ島に向かう。そして島に着いたところで偶然、従兄弟に出会い、車で送ってもらうついでに、先祖から受け継ぎ、売却の決断を迫られている広大な土地に立ち寄ることにする。そこでは家族の記憶が甦るが、やがて妻の浮気相手とその土地との利害関係も明らかになることで、ふたつの事柄がひとつに結びついていく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アレクサンダー・ペイン
Alexander Payne
脚本 ボブ・ネルソン
Bob Nelson
撮影監督 フェドン・パパマイケル
Phedon Papamichael
編集 ケヴィン・テント
Kevin Tent
音楽 マーク・オートン
Mark Orton
 
◆キャスト◆
 
ウディ・グラント   ブルース・ダーン
Bruce Dern
デイビッド・グラント ウィル・フォーテ
Will Forte
ケイト・グラント ジューン・スキッブ
June Squibb
ロス・グラント ボブ・オデンカーク
Bob Odenkirk
エド・ピグラム ステイシー・キーチ
Stacy Keach
マーサ伯母さん マリー・ルイーズ・ウィルソン
Mary Louise Wilson
レイ伯父さん ランス・ハワード
Rance Howard
ペグ・ナギー アンジェラ・マキューアン
Angela McEwan
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(配給:ロングライド)
 

 同じ場所や風景であっても、あらかじめ想定された目的地として接するのと、寄り道で心の準備もなく向き合うのとでは、その見え方も心の動きも変わってくる。この新作では、そんな目的地と寄り道のコントラストがこれまで以上に際立つ。

 老父ウディと次男デイビッドの目的地はネブラスカ州リンカーンであり、ふたりは、ラシュモア山を見学するような観光気分の寄り道はしても、どこかに長居をするつもりはなかった。ところがウディが頭を縫うケガをしたことで、彼らは予定外の帰郷を果たし、過去を旅することになる。そんな寄り道で印象に残るのは、たとえ歩いてでもリンカーンに向かおうとするウディが、帰郷という提案には端から乗り気でなく、実際、喜んでいるようには見えないことだ。

 そこで、この映画のもうひとつの注目点に話を進めたい。それはモノクロの映像にも関係している。ペインはサイレント映画に強い愛着を持ち、それが作品の細部にも表れている。『アバウト・シュミット』の冒頭では、主人公が退職するまでの最後の1分間が、オマハの風景や時計とそれを見上げる顔のカットなどを組み合わせ、台詞なしで表現されている。

 『サイドウェイ』で、まだ未練のある前妻が再婚したことを知った主人公が、ワインをがぶ飲みしながら急斜面を駆け下りる場面や、『ファミリー・ツリー』で、長女から妻の浮気を知らされた主人公が、相手の正体を確かめるために親友の家までサンダルで走っていく場面では、明らかにサイレントの身ぶりが意識されている。

 しかし、ペインがサイレント映画から吸収したものはそれだけではないだろう。映画は足し算ではなく引き算によって、想像力をかき立てる空間が広がる。『ファミリー・ツリー』では、昏睡に陥った妻が沈黙しつづけることで、彼女を取り巻く登場人物にも観客にも想像の余地が生まれ、多様な感情が引き出される。

 この新作の魅力も、沈黙を最大限に生かし、私たちに主人公の内面を想像させるところにある。ウディはお人好しのようだが、果たして本当にインチキを信じていたのだろうか。たとえば、手紙が届いたときには軽い気持ちで当たったと言っただけかもしれない。しかし、あまりにも口が悪い妻に散々バカにされるうちに、意地を張るようになったとも考えられる。また、故郷では、懸賞金の話でみんなの表情や態度が変わるのを面白がっているようにも見える。

 いずれにしてもペインは、寄り道によって故郷に対するウディのアンビバレントな感情を巧みに炙り出している。そして、そんな感情と懸賞金が絡み合うとき、もはや当たり外れは重要ではなくなっている。なぜなら親子の旅の目的地はリンカーンではなく、ホーソーンに変わっているからだ。

 ウディは故郷に凱旋する。この場面は、もとの脚本ではウディが得意気に助手席に座り、デイビッドが運転するという画になっていたという。ペインはそれをウディの凱旋に変え、エドやペグをめぐる過去への旅の終わりを見事に表現してみせる。そこにも、サイレントを愛するこの監督の美学を垣間見ることができるだろう。


(upload:2014/07/28)
 
 
《関連リンク》
『ファミリー・ツリー』 レビュー ■
『アバウト・シュミット』 レビュー ■

 
 
 
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