実在しなかった男(原題)
The Man Who Never Was


1956年/イギリス/英語/カラー/103分
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(初出:)

 

 

実在しない将校の遺体を海に流し、偽の文書をベルリンへ
英国がナチを欺いた奇策「ミンスミート作戦」の映画化

 

[Introduction] 「ミンスミート作戦」とは、第二次大戦中の1943年に英国が実行した欺瞞作戦。連合軍の上陸目標がシチリアではなく、ギリシャだとナチに思わせるために、実在しない将校の遺体を海に流し、彼が持っていた偽の文書の情報がベルリンに届くように仕組んだ。本作は、元弁護士で、大戦中は海軍の情報将校としてミンスミート作戦を主導したユーエン・モンタギューが1953年に出版したノンフィクション『実在しなかった男(The Man Who Never Was)』の映画化。監督は、後にパニック映画『ポセイドン・アドベンチャー』(72)で大きな成功を収めるロナルド・ニーム。

[Story] 海軍の情報将校ユーエン・モンタギュー少佐は、連合軍の侵攻目標がシチリアではなくギリシャに見せかけるための欺瞞作戦を立案する。それは、実在しないイギリス海兵隊の将校の遺体を、スペインの沖合から流し、ナチスのスパイが活動している地域に漂着させ、偽の文書の情報をベルリンに届けるという”ミンスミート作戦”だった。

 作戦実施の承認を得たモンタギューは、医療専門家のアドバイスに従って、溺死に見える遺体を見つけ出し、実在しないウィリアム・マーティン少佐の人物像を綿密に練り上げ、婚約者のラブレターも含む私物と偽の機密文書を遺体に持たせる。スペインの沖合まで潜水艦で運ばれた遺体は、予定通りに浜辺に流れ着き、ナチのスパイが動き出す。

 ベルリンにもたらされた情報をヒトラーは信用するが、情報部のトップ、ヴィルヘルム・カナリスは懐疑的だった。やがて、ウィリアム・マーティンが実在するのかどうかを確かめるために、親ナチスだったIRAのスパイがロンドンに現れる。

[以下、本作の短いレビューです]

 本作の原作は、海軍の情報将校として「ミンスミート作戦」を主導したユーエン・モンタギューが1953年に出版した『実在しなかった男(The Man Who Never Was)』。『ある死体の冒険』として邦訳が出たこともあるようだ。後に英国の作家ベン・マッキンタイアーがこの作戦の全容を明らかにした『ナチを欺いた死体――英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』には、モンタギューのこの本のことが以下のように説明されている。

「『実在しなかった男』は、出版から半世紀以上を経た今も、策略を巡らした戦争当時の雰囲気を少しも失っていない。しかし、すべてを明らかにしているわけではないし、そもそも明らかにする意図もなかった。同書は、政府からの要請により、いくつかの事実を隠蔽する目的で書かれたのであり、個所によっては、わざと誤解を招くような書き方さえしている」

 実際にどのような事実が隠蔽され、どのように誤解を招く書き方がされているのかは、『実在しなかった男』を読んでいないのでわからないが、本作を観ると、まず登場人物についていくつか気づくことがある。


◆スタッフ◆
 
監督   ロナルド・ニーム
Ronald Neame
脚本 ナイジェル・バルチン
Nigel Balchin
原作 ユーエン・モンタギュー
Ewen Montagu
撮影監督 オズワルド・モリス
Oswald Morris
編集 ピーター・テイラー
Peter Taylor
音楽 アラン・ロウソン
Alan Rawsthorne
 
◆キャスト◆
 
ユーエン・モンタギュー   クリフトン・ウェッブ
Clifton Webb
ルーシー・シャーウッド グロリア・グラハム
Gloria Grahame
ジョージ・エイケズ ロバート・フレミング
Robert Flemyng
パム ジョセフィン・グリフィン
Josephine Griffin
パトリック・オライリー スティーヴン・ボイド
Stephen Boyd
-
(配給:)
 

 ミンスミート作戦の発案者は、後に007シリーズを書いてジェームズ・ボンドの生みの親になるイアン・フレミング少佐で、海軍の情報将校ユーエン・モンタギュー少佐とMI5所属のチャールズ・チャムリー大尉のコンビがそれを作戦にまとめ上げ、海軍省で働いていた女性ジーン・レスリーがそこに深く関わる。

 本作では、モンタギューだけが実名で登場し、イアン・フレミングは登場せず、チャールズ・チャムリーと思われる人物は、ジョージ・エイケズという名前で登場する。また、ジーン・レスリーと思われる人物が、パムという名前になっているのも興味深い。なぜなら、モンタギューは、実在しない将校の名前をウィリアム・マーティン、彼の婚約者の名前をパムとしていたからだ。さらに、実際の作戦では、ジーンが架空の婚約者パムのモデルになっていたが、本作では、ジーンと思われるパムがその役割を果たすのではなく、パムと同居しているもうひとりの女性ルーシーが担うことになる。

 そうしたことを踏まえたうえで、本作でまず印象に残るのが、しっかりとした狙いを感じさせる脚本だ。モンタギューの著書が原作であれば、彼の視点を中心に据えてまとめたくなるところだが、そうはなっていない。

 物語は、モンタギューがウィリアム・マーティン少佐の遺体を作り上げるまで、遺体が潜水艦に乗せられてから偽の情報がベルリンに届けられるまで、親ナチスのIRAのスパイ、オライリーがロンドンに現れてからラストまでの3つの部分に分けられる。最初の部分はモンタギューが、最後の部分はオライリーが主人公になるという見方もできるが、3つの部分を通して常に「実在しなかった男」が影の主人公になっていると見ると、一貫した物語になっていることがわかる。

 実際、それぞれの部分には、影の主人公を強調するエピソードが巧みに盛り込まれている。最初の部分では、地下の死体安置所に現れたモンタギューとジョージが、準備した軍服や所持品をひとつひとつ確認しながら、遺体にまとわせていく。その間に、地上が空爆される音が響きだし、地上の死の恐怖とウィリアム・マーティン少佐を作り上げる儀式が対置される。

 中間の部分では、遺体を運ぶ潜水艦が目標地点に到着するまでに爆雷の攻撃に逢い、死の危険にさらされる乗組員と使命を背負った遺体が対置される。そして、最後の部分では、IRAのスパイ、オライリーが、マーティン少佐がシャツを購入したはずの店や将校クラブを嗅ぎまわったあげく、確証をつかむために、マーティンの友人を装ってパムとルーシーの前に現れ、罠を仕掛ける。

 いずれのエピソードでも、影の主人公の存在が際立ち、まさに「実在しなかった男/The Man Who Never Was」というタイトルに相応しい作品になっている。

《参照/引用文献》
『ナチを欺いた死体――英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』●
ベン・マッキンタイアー

小林朋則訳(中央公論新社、2011年)

(upload:2022/02/04)
 
 
《関連リンク》
ジョン・マッデン
『オペレーション・ミンスミート ―ナチを欺いた死体―』 レビュー
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ウォルフガング・ムルンベルガー 『ミケランジェロの暗号』 レビュー ■
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