■ 『卵』
[ストーリー] イスタンブールで暮らす詩人のユスフは、母親の死の知らせを受け、何年も帰っていなかった故郷に帰る。古びれた家に帰るとアイラという美しい少女が彼を待っていた。ユスフは、五年前、母の面倒を見てくれていたというアイラの存在を知らなかった。アイラは母の遺言をユスフに告げる。そして、遺言を聞いたユスフは遺言を実行する為に旅に出る。失われていた記憶が甦ってくる――。それは、ユスフ自身のルーツを辿る旅となった――。
■ 『ミルク』
[ストーリー] 高校を卒業したばかりのユスフは、何よりも詩を書くことが好きで、書いた詩のいくつかを文芸誌で発表し始めている。しかし、彼の書く詩も、また母親のゼーラと共に営んでいる牛乳屋も、二人の生活の足しにはなっていない。そんな中、母と町の駅長との親密な関係を目にしたユスフは当惑する。これがきっかけとなり、急に大人になることが不安になってしまう。青春期をあとにするユスフは、先行きの知れない未来に対する不安のなか、大人への一歩を踏み出すことができるのだろうか――。
■ 『蜂蜜』
[ストーリー] 六歳のユスフは、手つかずの森林に囲まれた山岳で両親と共に暮らしている。幼いユスフにとって、森は神秘に満ちたおとぎの国で、養蜂家の父と森で過ごす時間が大好きだった。ある朝、ユスフは夢を見る。大好きな父にだけこっそりと夢をささやき、夢を分かち合う。ある日、森の蜂たちが忽然と姿を消し、父は蜂を探しに森深く入っていく。その日を境にユスフの口から言葉が失われてしまう――。数日経っても父は帰ってこない。ユスフに心配をかけまいと毅然と振る舞っていた母も、日を追うごとに哀しみに暮れていく。そんな母を、ユスフは大嫌いだったミルクを飲んで励まそうとする。そしてユスフは、一人幻想的な森の奥へ入っていく――。[プレスより引用]
トルコ映画界を代表するセミフ・カプランオール監督の“ユスフ三部作”は、ユスフという人物の人生や世界を題材にしているが、その構成が少し変わっている。彼の成長過程を追うのではなく、壮年期から青年期、幼少期へと遡っていくのだ。但し、厳密には過去へと遡るわけではない。三作品はいずれも現代のトルコを背景にしているからだ。
第一部の『卵』では、イスタンブールに暮らす詩人ユスフのもとに母親の訃報が届き、遠ざかっていた故郷に戻った彼のなかに失われた記憶が甦ってくる。
第二部の『ミルク』では、母親と暮らし、詩作に熱中する青年ユスフが、母親と町の駅長との親密な関係に気づき、不安にとらわれていく。
完結編の『蜂蜜』では、山深い土地で養蜂家の父親と特別な関係を築いていた6歳のユスフが、喪失と向き合うことを余儀なくされる。
この三部作には、癲癇の発作、奇妙な夢、動物や自然といった共通する要素が盛り込まれ、それぞれに見えない世界への扉が開かれていく。
詩人というよりも古書店主の座に安住している『卵』のユスフは、故郷で発作を起こし、かつて書いた詩の世界に通じる奇妙な夢にとらわれ、闇が支配する自然のなかに放り出されることによって、詩人の感性を取り戻していくように見える。
詩作に励む『ミルク』のユスフは、母親の行動に翻弄されるうちに現実とも夢ともつかない空間に引き込まれ、そこで巨大なナマズに出会う。さらにバイクに乗っているときに発作に見舞われる。彼はそんな体験を通して見えない世界を感知し、おそらくは詩人として覚醒していく。
そして、完結編の『蜂蜜』では、ユスフの詩や夢や発作の原点が明らかになる。養蜂家の父親と幼い息子は森で過ごす。この物語で癲癇の発作を起こして倒れるのは父親であり、川の水を汲もうとしたユスフは野生のシカに目を奪われる。ユスフが見る夢の内容は、何かの予兆であったためか、親子だけの秘密にされる。 |