トルコ映画界を代表するレハ・エルデム監督にとって4本目の長編となる『時間と風/Bes vakit』の舞台は、トルコ北東部にある地中海に面した山間の村だ。この映画では、美しくも厳しくもある大自然を背景に、10代前半の3人の子供たちが成長していく姿が描き出される。
その3人のなかで、映画に最初に登場し、物語を締め括ることになるのが、地元のイマーム(導師)の長男であるオメルだ。彼のなかでは、次男ばかりをかわいがる父親に対する憎悪が抑えがたいものになっていく。そんなオメルは、父親が飲む薬のカプセルの中身を密かに抜き取ったり、サソリを隠し持つなど、子供じみた方法で父親を殺そうとする。
オメルといつも行動をともにしている親友ヤークプは非常に繊細な少年で、村でひとつだけの教室を受け持つ美しい女性教師に恋をしている。彼はその切ない想いをオメルにすら秘密にしている。課外授業で、教師が足に傷を負ったときには、自分の指についた彼女の血が消えないようにする。そんな彼は、父親が教師の部屋を覗いている姿を目にし、深く傷つく。
ユルドゥズは聡明な少女で、羊を飼う父親と山で過ごす時間を楽しみにしているが、まだ赤ん坊の弟の面倒を見なければならないため、楽しい時間が失われていく。ある晩、彼女は両親のセックスを垣間見て、静かに涙を流す。彼女は、父権制の社会のなかで女性として生きることを実感しつつある。
しかし、この映画で辛い思いをしているのは子供たちだけではない。大人も同じだ。ヤークプは、父親が祖父から厳しい言葉を浴びせられ、泣いている姿を目の当たりにする。エルデムは、父親から息子へ、母親から娘へと受け継がれていくものを描いている。
但し、大人と子供では自然との距離が違う。この映画では、それぞれに傷ついたオメル、ヤークプ、ユルドゥズが、藁や枯葉、花のなかで眠る姿が印象的に描かれる。子供は自然と密接に結びつき、自然によって癒されているが、成長するに従って制度に取り込まれ、自然から引き離されていく。
さらに、自然とともに見逃せないのが、時間のとらえ方だ。物語は、イスラム教における1日5回の礼拝に従って5つに大きく分けられているが、非常に興味深いのは、夜から始まって、夕方、午後、昼、夜明け前へと逆に進んでいくことだ。これは当然、単なる時間の流れとは異なる意味を持つ。
夜から始まることは、3人の子供たちの世界のなかで、現実と夢の境界がいまだ曖昧であることを意味する。そんな彼らは、夕方、午後、昼という流れのなかで次第に現実と向き合っていく。そして、死の床のある父親の姿を目の当たりにしたオメルは、大人の世界への入口に立ち、新たな夜明けを迎える。この独特の時間の流れと響き合うアルヴォ・ペルトの楽曲の効果も素晴らしい。 |