ヤセミン・サムデレリ・インタビュー
Interview with Yasemin Samdereli


2013年
おじいちゃんの里帰り/Almanya-Welcome to Germany――2011年/ドイツ/カラー&モノクロ/101分/シネマスコープ/デジタル
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(初出:「キネマ旬報」2013年12月上旬号)
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ユーモラスに綴られたトルコ系移民家族の物語
――『おじいちゃんの里帰り』(2011)

■■実体験が埋め込まれた監督姉妹の脚本■■

 トルコ系ドイツ人の監督といえば、ファティ・アキンがすぐに思い出される。女性監督ヤセミン・サムデレリは、そのアキンと同じ1973年生まれのトルコ系二世だが、本国で7ヶ月のロングランとなった監督デビュー作『おじいちゃんの里帰り』では、アキンとはまた違った独自の視点でトルコ系移民の世界を描き出している。

 彼女はコメディにこだわり、三世代の家族の過去・現在・未来を見つめていく。一家の主は、60年代半ばにトルコからドイツに渡り、がむしゃらに働いて家族を養い、齢を重ねて70代となったフセイン。そんな彼が里帰りを思いつき、それぞれに悩みを抱える家族がマイクロバスに乗り込み、故郷を目指す。さらに、家族の歴史の語り部ともいえる22歳の孫娘チャナンを媒介に挿入される過去の物語では、若きフセインがドイツに渡り、妻子を呼び寄せ、言葉も宗教も違う世界に激しく戸惑いながら根を下ろしていく。

 現在と過去を交錯させながら未来を見据える脚本を手がけたのは、ヤセミンと彼女の実妹ネスリンのコンビだ。彼女たちが50回も書き直したという脚本から生まれた映画には、様々な実体験が埋め込まれている。

「映画にはたくさんのエピソードが出てきますが、私自身が体験したことや祖父母から聞いたこと、周囲のトルコ人から聞いた話などをもとに、フィクションを織り交ぜるかたちで盛り込んでいます。たとえば、クリスマスのエピソードは、妹と私が体験したことです。我が家でもやってみたいと思ったのですが、あのようにとても奇妙なクリスマスになってしまいました。あと、次男のモハメドがキリストの磔刑の像に動転し、怯えてしまうのも、私のおじが実際に体験したことです。おじは6歳の時にドイツに来たのですが、ミサの「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は〜」の部分だけを聞かされていたために、本当にカニバリズムなのだと思い込んで心底恐れていたのです。祖父もだいぶ戸惑ったようです。イスラム教は偶像崇拝をしないので、十字架を拝んだり、触れてもいいということが理解できない。ただの木切れにしか見えなかったのです」


◆プロフィール◆
ヤセミン・サムデレリ
1973年トルコ系ドイツ人としてドイツのドルムントに生まれる。ミュンヘンの映画テレビ学校で学び、1994年から助監督や脚本家としてキャリアをスタートさせ、役者としても活動。短編映画やテレビ番組を手がけ、『おじいちゃんの里帰り』で長編監督デビュー。
(『おじいちゃんの里帰り』プレスより引用)


■■トルコ系移民家族像偏見の払拭■■

 この映画は、構想から完成までに10年が費やされている。なぜそこまで時間がかかってしまったのだろうか。

「ドイツで劇場用映画を作る場合には、テレビ局と配給会社がパートナーになって、それが獲得できた段階で公的助成金が出るというパターンが一般的です。私たちは何年もかけていろいろなテレビ局に企画を持ち込んだのですが、断られるばかりで、これだけ時間がかかってしまいました。テーマよりもコメディであることが、なかなか受け入れてもらえませんでした。移民やドイツに住むトルコ系の話というと、どうしても劇的で深刻なドラマを期待されてしまうようで。たとえば、できちゃった結婚をしたいと言いだした娘が、家族全員の名誉を汚した者として殺されてしまう名誉の殺人≠フような題材であれば、すぐに受け入れられ、これだけの時間の間に3本くらい作品が撮れたかもしれません」

 この理由は意外だった。普通に考えるなら、シリアスなドラマよりもコメディの方が受け入れられやすいように思えるのだが。

「ドイツでも同じですよ。他のテーマであれば、間違いなくコメディの方が受け入れられたはずです。でも、これまでずっとトルコ系移民をテーマにした映画といえば、人間ドラマや社会派ドラマというのが当たり前で、完全なステレオタイプになっていたんです。そういう偏見があったからなかなか受け入れられなかった。私と妹が目指していたのは、まさにそういう偏見を払拭することだったのです。たとえば、ジャーナリストのなかには、あなたはトルコ系の家庭に生まれた女性なのだから、抑圧された女性をテーマにしたものを撮るべきだと言う人もいました。でも、それをドイツ人に置き換えてみて、あなたはドイツ人なのだからナチスをテーマにした作品を撮らなければいけないなんて誰も言わないでしょう」

 たとえば、ファティ・アキン監督の『愛より強く』に登場する23歳のヒロインは、自分を抑圧する家族から逃れようと自殺未遂を装ってクリニックに紛れ込み、確実に家を出るために偽装結婚という手段を選ぶ。ヤセミンは、そうした家族像や女性像を踏まえたうえで、22歳の孫娘チャナンを描いているように思える。なぜなら、彼女が内緒でイギリス人と付き合い、妊娠した事実を家族がどのように受け入れていくのかが、ひとつの見所になっているからだ。

「これは私が十代の頃のことですが、周囲からトルコ人の父親というのはみんな厳しくて、特に女性に対しては支配的で、権利を認めないのが当たり前なのでしょ、みたいに言われるのがすごく嫌でした。私の家族や私が知る他の家族はみな寛容でオープンでした。でも、うちの父親は違うと言っても信じてもらえない。トルコ人の男性はすべて厳しくて抑圧的だと思い込んでいるのです。確かに、名誉の殺人のような悲劇的な事件も実際に起こってはいるのですが、大半のトルコ系の家庭の現実を表わしているものではありません。それなのにトルコ人の家庭がみなそうだと思われてしまうことがすごく傷つく。普通の幸せな家庭もたくさんあるのを見せたいという思いがあり、こういうハッピーなコメディを作ることにしたのです」===> 2ページへ続く

 

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