[ストーリー] 物語は、政治犯としてイスタンブールの刑務所に収監されている主人公ユスフが、医師の診察を受けるところから始まる。肺を病んでいることが判明した彼は、釈放が認められ、10年ぶりに故郷に向かう。バスを乗り継ぎ、トルコ北東部、黒海沿岸アルトヴィン県の山間にある村にたどり着く。
実家には母親がひとりで暮らしている。父親はすでにこの世になく、姉は結婚して村を離れ、都会で生活している。母親は再会を喜び、肺を病んだ息子の面倒を見る。いま村に暮らしているのは老人と子供ばかりで、ユスフと同世代の人々は村を離れている。ユスフの幼なじみで残っているのは、木工所を営むミカイルだけだ。ユスフとミカイルは気晴らしに車で黒海沿岸の街に出る。ユスフはそこでグルジア人の娼婦エカに出会い、ふたりは強く惹かれあっていくが――。
トルコ映画界の新鋭オズジャン・アルペルの長編デビュー作『オータム(英題)/Sonbahar』で、まず印象に残るのはユスフの故郷の自然であり、季節の変化を通した時間の流れだ。緑豊かな山々には靄が漂い、谷を流れる川にはアーチ型の古い石橋がかかっている。季節はタイトルが意味する秋から次第に冬に向かっていく。山々は頂上から次第に白く染まっていく。季節の変化は、咳が次第にひどくなるユスフに残された時間を暗示しているようでもある。また、黒海に突き出た桟橋に打ち寄せる波も、彼の感情と結びついているように見える。
しかしこの映画の見所は、自然を背景にした静謐な映像だけではない。アルペル監督は、映画の舞台となるアルトヴィン県ホパの出身で、自分がよく知る世界の過去と現在を掘り下げている。ユスフの母親は、黒海沿岸地帯に暮らす少数民族のラズ人で、息子とはラズ語で会話をする。この一帯には、他にもグルジア人やヘムシン人などの往来があり、単純に国境で線引きすることができないような多文化主義的な結びつきがある。ユスフとグルジア人の娼婦エカの出会いも、そうした背景と無関係ではない。
ユスフとエカが背負う絶望や孤独には接点がある。ユスフはかつて社会主義を求め、政治犯となり、刑務所で大切な時間を奪われ、身体を壊すことになった。エカは冷戦以後の社会の変化のなかで、故郷を離れ、娼婦として生きている。そして、この土地に暮らす人々からは、多文化主義的な世界を支えてきた個々のアイデンティティが失われつつあるように見える。この映画のなかで、ユスフが復元していくバグパイプに似た音を出す管楽器は、そんなアイデンティティと結びついているのかもしれない。 |