21g [21グラム]
21g


2003年/アメリカ/カラー/124分/ヴィスタ/ドルビーSR
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(初出:『21グラム』劇場用パンフレット+「eiga.com」2004年5月15日更新、若干の加筆)

 

 

ペン、デル・トロ、ワッツの演技は素晴らしい
だが、イニャリトゥのスタイルには疑問が残る

 

 『アモーレス・ペロス』で注目を浴びたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの新作『21g[21グラム]』では、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、ナオミ・ワッツという三人の俳優の力が大きな比重を占めている。時間が寸断され、複雑に入り組むこのドラマのなかで、彼らの存在が際立つのは、単にそれぞれの演技力が発揮されているからだけではない。三人が演じるキャラクターは、彼らが持つ俳優としての資質や方向性と見事に合致している。

 ショーン・ペンは今年(2004年)、アカデミー賞4度目のノミネートとなる『ミスティック・リバー』で、ついに主演男優賞を獲得した。そんな彼の演技力については、あらためて語る必要もないだろう。それよりも筆者がここで注目したいのは、監督としても活躍する彼がこだわってきたテーマのことだ。

 ペンの三本の監督作からは、共通するテーマが浮かび上がってくる。『インディアン・ランナー』で、農場を失って警官になった兄は、追跡中の犯罪者を正当防衛で射殺し、ヴェトナム帰りの弟は、父親になることへの怯えから超人の幻想に囚われ、バーの店主を撲殺してしまう。『クロッシング・ガード』で、交通事故で少女の命を奪った男は懲役に服し、罪を償ったが、少女の父親との間では裁きはまだ終わっていない。

 『プレッジ』で、退職を目前にした刑事は、惨殺された少女が遺した十字架に犯人を探しだすことを誓い、退職後も憑かれたように捜査をつづけるが、その執念は次第に法や正義から逸脱していく。この三作品では、法に基づく罪と罰と、根源的で個人的な罪と罰の狭間で苦悩し、葛藤し、衝突する人間の姿が描きだされている。

 ペンは、自分の監督作には出演することがなく、一方、俳優としての彼は、様々なキャラクターにチャレンジしてきたため、彼の監督としてのこだわりと彼が演じるキャラクターに直接的な繋がりを感じることはあまりなかった。しかしここにきて、そのふたつがはっきりと結びつこうとしている。

 ひとつは、クリント・イーストウッド監督の『ミスティック・リバー』のジミー役である。この映画では、ジミーの愛娘が無惨な他殺体で発見され、この事件によって彼とショーン、デイブという幼なじみが皮肉な再会を果たす。事件の捜査にあたるのは、刑事となったショーンで、その捜査線上にはデイブが容疑者として浮上する。悲しみに打ちひしがれ、怒りに駆られるジミーは、ショーンという法に頼ることなく、自分の力で許しがたい罪を裁こうとするのだ。

 そしてもうひとつが、この『21グラム』のポール役だ。このキャラクターはペンを魅了したことだろう。ポールを演じることは、彼がこだわるテーマを異なる視点からとらえることになるからだ。ジャックは、事故でクリスティーナの夫と娘たちの命を奪ってしまう。ポールは、この悲劇に対して非常に微妙な立場にある。彼は直接の被害者ではないが、心臓移植を通してクリスティーナと出会い、彼女にかわってジャックの罪を裁こうとする。


◆スタッフ◆
 
監督/製作   アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
Alejandro Gonzalez Inarritu
脚本 ギジェルモ・アリアガ
Guillermo Arriaga
製作総指揮 テッド・ホープ
Ted Hope
撮影 ロドリゴ・プリエト
Rodrigo Prieto
編集 スティーヴン・ミリオン
Stephen Mirrione
音楽 グスターボ・サンタオラヤ
Gustavo Santaolalla
 
◆キャスト◆
 
ポール・リヴァース   ショーン・ペン
Sean Penn
クリスティーナ・ペック ナオミ・ワッツ
Naomi Watts
ジャック・ジョーダン ベニチオ・デル・トロ
Benicio Del Toro
マリー・リヴァース シャルロット・ゲンズブール
Charlotte Gainsbourg
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(配給:ギャガ・ヒューマックス)
 
 
 
 

 しかし、ドナーを待ちながら死と向き合い、他者の犠牲によって生かされている彼は、命の重みというものを痛感している。だからこそ、困難な状況のなかで救いを求め、意外な行動に出る。ペンは、彼の監督作や『ミスティック・リバー』で、簡単には答を出せないこのようなテーマから、それぞれに異なる結末を導きだしてきたが、ここにはそれらと違うもうひとつの答がある。

 ベニチオ・デル・トロは、『トラフィック』の演技で、アカデミー賞助演男優賞を筆頭に映画賞を総なめにし、スターの仲間入りを果たした。しかし、大きな成功を収めても、彼の方向性は以前とまったく変わっていない。彼は、強烈な作家性を持つ監督やインディーズの精神に忠実な監督、エッジのある新鋭監督と積極的に組み、独自の地位を築き上げている。

 デル・トロの演技は、そんな一貫した方向性のなかで変化しつつある。最近の作品では、明らかにキャラクターの複雑な内面をより深く掘り下げようとしている。たとえば、ショーン・ペンが監督した『プレッジ』で演じた知的障害のあるインディアン。その出番は短いが、意味もわからないまま警官に自白を強要され、激しく動揺し、追い詰められる男の姿は異彩を放っている。それから、ウィリアム・フリードキン監督の『ハンテッド』も見逃せない。彼が演じる特殊部隊員は、戦場の悪夢に囚われ、冷酷な殺人機械となる。フリードキンが描きつづけるのは、法や善悪の基準では割り切れない内面の闇の領域だが、彼はその闇に潜む狂気を見事に体現している。

 この『21グラム』では、そんな内面へのこだわりがいっそう際立っている。ジャックは、教養もなく、不器用で、思い込みの激しい男だ。前科者の彼は、信仰に救いを見出し、神にすべてを捧げる。しかし、神からの贈りものであるはずのトラックで事故を起こし、地獄に突き落とされる。地獄は彼の頭のなかにあり、妻や牧師の言葉は届かない。もはや自分で罪を贖う以外に出口はない。デル・トロは、そんな内なる牢獄に囚われた男の心理に肉迫し、恐ろしくリアルに表現している。

 ナオミ・ワッツのターニングポイントになったのは、いうまでもなくデイヴィッド・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』だ。ロスとハリウッドの現実と幻想が女の二面性と絡み合い、迷宮を作り上げるこの映画の仕掛けは、ワッツの演技力の証明にもなっていた。彼女は、ベティとダイアンという二人のヒロインを演じている上に、ベティのドラマには演技をめぐってさらにひねりが加えられている。女優に憧れ、夢の都にやって来たベティは、世間知らずで、一点の翳りもない無垢な娘だが、リハーサルに入ると別人になったように男を惑わす悪女に変貌し、それなりの人生経験がなければできないような迫真の演技を披露する。一方、後半のダイアンのドラマには、マスターベーションや濃厚なレズシーンが盛り込まれ、彼女は激しい欲望と嫉妬の狭間で自分を見失っていく。

 確かに『マルホランド・ドライブ』のワッツは強い印象を残すが、彼女の女優としての本質や向かうべき方向はそれとは違うところにあるように思える。ワッツの魅力は、まずなによりも普通の女性を自然体で演じられるところにある。演技力が前面に出るのではなく、等身大の人間の生身の痛みや葛藤がしっかりと伝わってくるのだ。

 ニルス・ミュラー監督の『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』やこの『21グラム』には、そんな女優ワッツの本質や方向性が鮮明にされている。『21グラム』で彼女が演じる主婦クリスティーナの内面は、状況とともに変化していく。夫と娘たちの死という現実に直面したときの動揺、加害者を訴えることになど何の意味も見出せない喪失感、ドラッグに逃避せずにはいられない脆さ、ポールの正体を知ったときの屈辱と怒り、彼を復讐へと引きずり込む剥きだしのエゴ、モーテルでジャックに襲いかかるときの憎しみ、傷ついたポールを病院に運ぶ車のなかでわき上がる愛情。激しく揺れ動くクリスティーナの感情は、彼女を支配する絶望を見事に浮き彫りにしていく。ワッツは、ペンとデル・トロという強者相手に一歩も引けを取らず、まさに対等に渡り合っている。

 しかし、監督であるイニャリトゥのスタイルには、『アモーレス・ペロス』と同じように抵抗を覚える。彼は、撮影の現場では、ジョン・カサヴェテスのように、生々しい感情や空気を引き出そうとしている。ところが一方で、彼のヴィジョンには、その流れを切り刻み、再構成するという前提がある。

 かつてカサヴェテスは、作品の編集について以下のように語っていた。

(編集は)大嫌いだ。ものすごい恐怖におそわれるんだ。多くの感情がそこから失われてしまうんだ

観客に毎日の撮影の様子を観せて、役者たちの才能や感情を披露できたらなって思うよ。それは完成した映画よりずっと素晴らしく、観やすくて、完成した物語より観る価値があるものだろう

 イニャリトゥが編集によって失うものは少なくないが、それでも時間軸を操作することによってそれ以上のものを獲得しているといえるのか。筆者にはやはり疑問が残る。

《引用文献》
『ジョン・カサヴェテスは語る』ジョン・カサヴェテス著 レイ・カーニー編集●
遠山純生・都筑はじめ訳(ビターズ・エンド 2000年)

(upload:2010/09/12)
 
 
《関連リンク》
『アモーレス・ペロス』レビュー ■
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