アメリカとメキシコを結ぶ巨大な麻薬コネクションを題材にしたスケールの大きさ、三つの物語を中心として多くの登場人物たちを巧みに結び付けていく緻密な構成、映像のキレや臨場感など、実に素晴らしい作品である。初期の頃とは違い、娯楽作品もこなせるということで大きな注目を集めるソダーバーグだが、最近の監督作のなかでこの映画は、彼のスタイルに最も相応しいドラマを提供していると思う。
ソダーバーグは、登場人物が置かれた環境や状況の違い、現在の出来事と回想などによって映像の色調や感触を変え、コントラストを作ることを好む。彼がこうしたコントラストにこだわるのは、個人が自分の意思だけではなく、記憶や状況などの力に動かされていくことを視覚的に表現するためだ。しかしこれまでの監督作では、題材や設定によってそうした効果が出せないことも少なくなかった。
「トラフィック」では、このコントラストの効果が際立っている。この映画には、まずメキシコとアメリカという境界があり、さらにアメリカのなかで、ふたつの家族が、経済的には同じように裕福でありながら、麻薬取引をめぐって対照的な立場にある。ソダーバーグは映画の軸となるこの三つの物語を、異なる色調で描き分けている。
主人公たちは、ある意味で閉ざされたそれぞれの世界のなかで、自らの意思とは異なる力に突き動かされ、彼らが予想もしなかった一線を越えていくことになる。
麻薬撲滅戦争の先頭に立つはずだった麻薬取締連邦最高責任者は、ヤクに溺れた我が子すら救えない無力さを思い知らされ、夫の仕事すら知らなかった麻薬王の妻はいつしか夫の跡を引き継ぎ、権力の恐ろしさや現実の非情さをわきまえ、自己を抑制してきたメキシコ州警察官は、危険な賭けに出る。その警察官が賭けによって子供たちのための球場を手にすることを考えると、この三者の行動の影にはすべて子供の存在があり、ドラマをさらに印象深いものにしている。
そして、一線を越えていく主人公たちを、善悪の基準や劇的な要素にとらわれることなく、同じ距離で見つめているところが、何ともこの監督らしい。
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