グローバリズム出づる処の殺人者より
/ アラヴィンド・アディガ

The White Tiger / Aravind Adiga (2008)


2009年/鈴木恵訳/文藝春秋
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(Into the Wild 1.0 | 大場正明ブログ、2009年3月13日更新)

 

 

グローバリゼーションと“鳥籠”を通して
浮き彫りにされるインドの現在と未来

 

 アラヴィンド・アディガの『グローバリズム出づる処の殺人者より』は、2008年度のブッカー賞受賞作だ。アディガは1974年、マドラス生まれ。コロンビア大学のコロンビア・カレッジで英文学を学んだのち、経済ジャーナリストとして活動し、本書がはじめての小説になる。

 物語は、テクノロジーとアウトソーシングの中心地バンガロールに住む起業家バルラム・ハルワイが、インド訪問を控えた中国の温家宝首相に宛てた手紙というかたちで綴られていく。その中身は、主人を殺すことによって起業家として成功を収めた男の告白だ。

 この小説には、ふたつの重要な要素がある。ひとつは、バンガロールに象徴されるグローバリゼーションだ。しかしこれは、グローバリゼーションによって欲望や成功にとらわれた男が殺人者になるという単純な物語ではない。

より重要なのは、「わが国一万年の歴史のなかで最大の発明」である“鳥籠”だ。インドでは国民の大多数が、家禽市場の哀れな鶏と同じく、鳥籠にとらわれている。


◆著者プロフィール◆

アラヴィンド・アディガ
1974年、マドラス生まれ。現在ムンバイ在住。コロンビア大学のコロンビア・カレッジで英文学を学んだのち、経済ジャーナリストとしてのキャリアを開始。フィナンシャル・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナルなどに寄稿し、南アジア特派員としてタイムに勤務する。はじめての小説である本書で、2008年度のブッカー賞を受賞した。

 


こんなにわずかの人間がこんなに多くの人間をこんなにこき使うのは、人類の歴史でも初めてのことです。温首相。この国では、一握りの人間が残りの九十九・九パーセントの人間をあらゆる面で強力に、巧妙に、狡猾に教育して、永遠の奴隷にしたてあげてきたのです。その奴隷根性のすさまじさたるや、自由への鍵をわたしてやっても、悪態とともに投げ返されるほどです

 ではどうして鳥籠が機能するのか。インド人の家族が、この籠にインド人をとらえ、縛りつけているからだ。そこから脱出することはできるのか。もし、主人の金を奪って逃げたとしたら。家族をみな殺しにされても平気な人間にならそれができる。

 この小説は、人非人となって鳥籠から脱出した男の告白になっている。そして、ひとたび鳥籠から出てしまえば、殺人者であっても逆に鳥籠を利用して成功を収めることができる。

 温家宝首相に宛てた手紙というかたちも効果的だ。この物語では、インドと中国が皮肉交じりに対置される。たとえば、こんな表現で。

たいしたもんでしょう、インドの鳥籠は。こんなものが中国にありますか? ないでしょう。あれば共産党が国民を撃ち殺すとか、秘密警察が夜中に自宅から人々を連行して牢屋に入れるとか、わたしが噂に聞いているようなことはしなくていいはずですから。インドに独裁政権はありません。秘密警察もありません。鳥籠がありますから

だが、やがてグローバリゼーションが、鳥籠を壊すことになるかもしれない。この物語はそんなことも示唆しているように思える。


(upload:2013/02/04)
 
 
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