インド出身の女性作家キラン・デサイは、2006年に発表した本書『喪失の響き』でブッカー賞を女性としては最年少の35歳で受賞し、さらに全米批評家協会賞にも輝いた。
アミタヴ・ゴーシュの『ガラスの宮殿』ほどスケールは大きくはないが、ユニークな人物たちが繰り広げる物語を通して、植民地と植民地以後の歪みを浮き彫りにする鋭く豊かな感性にはそれに通じるものがある。この小説では、差別の負の連鎖が、私たちを引き込む磁場を生み出していく。
舞台は1986年、北ヒマラヤの高地。登場人物は、引退した判事と彼の孫娘サイ、サイの家庭教師であるネパール系のギヤン、判事に仕える料理人、そして彼らの隣人たちだ。物語は、ネパール系インド人のGNLF(ゴルカ民族解放戦線)の運動が起爆剤となって、展開していく。登場人物たちはその運動に巻き込まれることによって、それぞれの過去と現在が複雑に絡み合っていく。
決して高いカーストではなかったジェムバイ(後の判事)は、父親の助力によって地元で初めてイギリスに留学する人間となり、インドに戻って行政府の視察官になった。そんな彼は、イギリスでさんざん差別されたにもかかわらずインド人を嫌悪し、イギリス人になろうとした。そして、視察官として、これまで自分の家系を踏みつけにしてきたカーストに対して権力を行使することに喜びを覚えていた。
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