グレゴリー・ナヴァ・インタビュー
Interview with Gregory Nava


2008年
ボーダータウン 報道されない殺人者/Bordertown――2007年/アメリカ/カラー/112分/ヴィスタ/ドルビーデジタルSRD
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(初出:「キネマ旬報」2008年10月下旬号)

 

 

フィクションではあっても、新聞では読めない真実を語っている
――『ボーダータウン 報道されない殺人者』(2007)

 

 グレゴリー・ナヴァ監督の『ボーダータウン 報道されない殺人者』の題材になっているのは、実際の未解決事件だ。アメリカとの国境に近いメキシコの街フアレスで、15年間に推計5000件もの女性殺害事件が起こっている。被害者の多くは、グローバリゼーションを象徴する外国資本の工場で働く若い非熟練労働者だ。

 メキシコでは1980年代初頭から市場改革が進められ、サリナス政権の時代に保護主義から自由市場への転換が決定的となった。アメリカとメキシコの間でNAFTA(北米自由貿易協定)が締結されたのが1992年、そして事件が起き始めたのが1993年のことだった。

「映画の冒頭に入れた字幕でも明確にしているように、メキシコの市場改革やNAFTAの締結と事件はとても密接な繋がりがあると思う。事件が起こっているというだけではなく、政治的な圧力があってそれがなかなか表沙汰にならなかった。NAFTAに続いて、自由市場を中米にまで広げようとするCAFTA(米国・中米自由貿易協定)の交渉が始まり、政府はNAFTAのせいで事件が起こったというような悪いイメージを払拭するために、かなり圧力をかけていたんだ」

 ではナヴァ監督は、そんな題材にどのようにアプローチし、脚本を書き上げたのか。

「新聞などに出た事件の記事と実態は違うものだ。だから、政府の役人や被害者の遺族など、何百人という関係者たちに何ヶ月もかけて取材をした。取材される側も、記者やレポーターに話すのと、フィクションという前提で脚本を書いている映画監督に話すのとでは、その姿勢が変わってくる。メキシコでは、へたに事実を話したらとんでもないことになりかねないけど、私にはオープンに話してくれた。保護されているという感覚があったんだろう。フィクションというのは表面的には嘘だけど、グアテマラの有名な作家ミゲル・アンヘル・アストゥリアスは、嘘は時に真実を語ると言っている。この映画は、フィクションではあっても、新聞では読めない真実を語っているんだ」

 主人公の少女エバは、工場からの帰り道に襲われ、九死に一生を得る。なぜ彼女や同僚たちは、命が危険にさらされる環境で働かなければならないのか。その背景を見逃すわけにはいかない。

「この映画では、政治的な問題と社会的な問題が複雑に絡み合っている。メキシコ革命の英雄サパタは、農民に土地を分配することを提唱し、そこからエヒードという農民の共有農地が生まれた。エヒードを売買することは法律で禁じられていた。ところが、サリナス大統領は、法律を変え、売買や課税ができるようにした。それは実態としては、農民から土地を取り上げることに等しかった。この映画のなかでエバは、家族が土地を失ったと語る。それは実際に起こったことなんだ。たくさんの農民が、税金が払えないために土地を失い、フアレスのような街で働かされる。サリナスは、NAFTAを締結したことだけでなく、土地に関する法律を変えたことでもよく知られている。低賃金の労働力は、そんな背景から生まれたんだ」

 


◆プロフィール◆
グレゴリー・ナヴァ
1949年4月10日、アメリカ出身。大学で映画を学び、在学中に撮った『The Journal of Diego Rodriguez Silva』でアメリカのNational Student Film Festivalで最優秀ドラマ賞を受賞する。その後、『The Confessions of Amans』(76)で商業映画デビュー。同作でシカゴ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞。監督・脚本を手がけた『エル・ノルテ/約束の地』(83)でアカデミー賞・脚本賞にノミネートされた。『セレナ』(97/未)では主演のジェニファー・ロペスにゴールデン・グローブ主演女優賞ノミネートをもたらした。その他の代表作に『デスティニー/愛は果てしなく』(88/監督のみ)、『ミ・ファミリア』(95)、『フリーダ』(02/脚本のみ)などがある。
『ボーダータウン』プレスより引用
 

 


 ジョン・グレイは『グローバリズムという妄想』のなかで、「メキシコにおける自由市場は、もともと世界でもっとも不平等な社会の一つだった同国における経済的、社会的な不平等を激化させた」と書いている。この映画で、エバはロボットのように働かされ、一方では、特権階級が自分の娘の誕生日を祝うために盛大なパーティを開いている。

「メキシコは、もともとあった不平等や差別を助長するかたちで、どんどん悪くなっていると思う。犠牲になった5000人の女性というのは、グローバリゼーションのひとつのプロセスであって、恐ろしい脱人間化が進行している。この女性たちの命にはもはや意味も価値もない。女性を殺したい人間は、そこに行って実際に彼女たちを殺し、罪に問われることもない。もしアメリカの中西部で100人の白人の女性が殺されたら、とんでもない騒ぎになるけど、フアレスで5000人のメキシコ人の女性が殺されても、たいした報道もされないし、見向きもされない。そんなことがあっていいはずがない。だからこの映画を作ったんだ」

 この映画では、シカゴの新聞社で働く女性記者ローレンが、圧力に立ち向かい、真実を明らかにしようとする。自分の過去から目を背けてきた彼女は、エバと出会い、行動をともにしていくことで変貌を遂げていく。

「ローレンは、成功を手にするためにルーツを捨てている。人種の坩堝アメリカでは、どんな人種にも成功の機会があるけど、本来の自分を隠すとか、押し殺すとか、なんらかの犠牲を払ってそれを手にするということが少なくない。ローレンとエバの関係のヒントになったのは、エンラケシ≠ニいう観念、メキシコが植民地化される以前に原住民が持っていたスピリチュアルな考え方だ。エンラケシの意味は、あなたはもうひとりの私、つまり他者を通して本来の自分を知ることなんだ。ローレンとエバは、お互いに相手を鏡にして本来の自分を取り戻していく。ラストの火事の場面で、彼女たちが抱き合う姿は、ふたつの魂が結ばれ、お互いを救うことを象徴しているんだ」

《参照/引用文献》
『グローバリズムという妄想』ジョン・グレイ●
石塚雅彦(日本経済新聞社、1999年)

(upload:2009/02/26)
 
 
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