静かなる叫び
Polytechnique


2009年/カナダ/フランス語/モノクロ/77分/スコープサイズ/ドルビーデジタル
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(初出:)

 

 

89年のモントリオール理工科大学虐殺事件
生き延びた女性と事件後に自殺した男性の視点

 

 『静かなる叫び/Polytechnique』は、カナダ・ケベック州出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(『渦』『灼熱の魂』『プリズナーズ』『複製された男』)の2009年作品だ。その物語は、1989年12月6日にケベック州モントリールのモントリオール理工科大学(Ecole Polytechnique)で起きた虐殺事件(the Montreal Massacre)を題材にしている。

 この事件では、フェミニズムに敵意を持つ犯人マルク・レピーヌ(Marc Lepine)が、銃で武装して大学の教室に侵入し、そこにいた学生を男子と女子に分け、女子学生を銃撃。その後、カフェテリアや他の教室に移動し、女性ばかりを銃撃したあとに自殺した。

 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のアプローチについては、事件後の反応を頭に入れておいても無駄ではないだろう。それはケベック社会と無関係ではない。同じくケベック州出身のジャン=マルク・ヴァレ監督の『C.R.A.Z.Y.』(05)のレビューで触れたように、ケベック州では60年代に“静かな革命”が進行するまで、カトリック教会が絶対的な権力を持ち、社会を支配してきた。そうした女性が抑圧されてきた歴史は簡単に消し去れるものではない。

 だから、犯人をミソジニー(女性嫌悪)文化の産物とみなし、フェミニズム的な視点からひとつの象徴ととらえる考え方が広がる。そして一方には、この手の事件によくあるように、犯人を狂人やモンスターととらえる意見も広がる。そうした解釈の違いは社会に不協和音を生み出す。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ドゥニ・ヴィルヌーヴ
Denis Villeneuve
脚本 Jacques Davidts
撮影監督 Pierre Gill
編集 Richard Comeau
音楽 Benoit Charest
 
◆キャスト◆
 
The Killer   Maxim Gaudette
Jean-Francois Sebastien Huberdeau
Valerie Karine Vanasse
Stephanie Evelyne Brochu
Jean-Francois’ Mother Johanne-Marie Tremblay
Eric Pierre-Yves Cardinal
Mr. Martineau Pierre Leblanc
-
(配給:)
 

 ヴィルヌーヴ監督はこの映画で、犯人ではなく、事件に巻き込まれたふたりの学生に注目する。どちらも犯人が侵入した教室にいた学生だが、その後に対照的な運命をたどる。

 ひとりは、教室で犯人に銃撃された女子学生で、彼女は傷を負いながらも生き延びる。もうひとりは、彼女の友人の男子学生で、その後の運命は概ね事実に基づいているようだ。犯人は男子学生たちに教室から出るように命じ、彼は逡巡しながらも、他の男子とともに教室を出る。その後、急いで警備員に緊急事態を知らせ、修羅場と化した現場に戻り、まだ息のある被害者に応急処置を施す。彼は事件後、自ら命を絶つことになる。

 この映画はモノクロで撮影され、時間軸の操作によってドラマが前後し、徐々に登場人物の関係や運命が明らかになる構成になっている。ヴィルヌーヴの独自の視点は、映画の背景となる社会のとらえ方にも表れているように思える。映画の冒頭には、女子学生が事件の前に、インターンシップの面接を受ける場面が盛り込まれている。そこで彼女は面接官から性差別的な言葉を浴びせられる。それは、社会そのものに家父長制的な価値観が根深く残っていることを示唆する。それを踏まえるなら、ふたりの学生のその後が意味するものも、微妙に違ってくる。男子学生は、単に罪悪感にさいなまれるだけではなく、男性としての自己が重荷になったともとれる。一方、事件以前から性差別にさらされていた女子学生は、事件後、妊娠を知ったこともあり、内面的に女性としての認識を深め、悪夢を引きずりながらも前を向こうとする、という解釈もできそうだ。


(upload:2015/01/02、update : 2017/10/26)
 
 
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