灼熱の魂
Incendies


2010年/カナダ=フランス/フランス語/カラー/131分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:『灼熱の魂』劇場用パンフレット)

 

 

物語の力――偶然と必然の鮮やかな反転

 

 カナダ・ケベック州出身の異才ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の作品が日本で公開されるのは、『灼熱の魂』が二本目になる。最初に公開されたのは『渦』(00)という作品だった。その『渦』のヒロインであるビビアンは、大女優の娘で、25歳にしてブティックのチェーンを経営し、マスコミの注目を集めている。

 彼女の人生は傍目には順風満帆に見えるが、実際には経営に行き詰っているうえに、中絶手術を受けたばかりで精神的に不安定になっている。そんな彼女は、深夜に帰宅する途中で轢き逃げをしてしまい、被害者が死亡したことを知って、罪悪感に苛まれる。

 この映画では、場所も時代も定かではない空間のなかで、いままさに切れ味鋭い刃物で命を奪われようとしている醜い魚が、このヒロインの物語の語り部となる。ヒロインの世界には、水や死のイメージがちりばめられ、独特の空気を醸し出していく。

 しかし、それ以上に印象に残るのが、「偶然」と「必然」の関係だ。苦悩するヒロインは自分の運命を偶然に委ねようとする。人気のない地下鉄のホームで、たまたま隣に座った男に誰も知らない真実を告白し、自首するかどうかを決めようとする。車ごと貯水池に飛び込み、自らの生死を水に委ねようとする。

 ヒロインは、そうした行動を経て、彼女の人生を変える男に出会う。そして、結末から振り返ってみると、轢き逃げも含めて、偶然の積み重ねだったものが、必然であったかのように思えてくる。私たちは、ヴィルヌーヴ監督のそんな話術によって人生の不思議に引き込まれる。そこには、現実をありのままに見るのとは違う、物語の力が宿っている。

 『灼熱の魂』でまず驚かされるのは、オリジナル脚本ではなくワジディ・ムアワッドの戯曲の映画化でありながら、完全にヴィルヌーヴ監督の世界になっていることだ。舞台となる中東の国が具体的に特定されていないように、これは現実をありのままに描く映画ではない。そして、偶然と必然の関係がさらに深く掘り下げられ、物語の力というべきものが最大限に引き出されている。

 映画は双子の母親だったナワルの奇妙な遺言から始まる。後半で明らかにされるように、その遺言が準備されるきっかけはナワルがプールである人物と遭遇したことだった。この出会いは偶然だが、必然に繋がる要素がないわけではない。

 たとえばフランス語だ。字幕ではピンとこないかもしれないが、言葉はナワルの人生に影響を及ぼしている。彼女は大学でフランス語を学ぶ。それがなければ、フランス語の家庭教師としてキリスト教右派の指導者の家に出入りすることもない。

 釈放されたナワルに新しい人生を提供するシャムセディンは、アメリカには協力者が多くいると語る。ということは、彼女は当初アメリカに渡り、自分の意思でフランス語が公用語になっているカナダ・ケベック州に移ったと想像することもできるわけだ。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ドゥニ・ヴィルヌーヴ
Denis Villeneuve
原作(戯曲) ワジディ・ムアワッド
Wajdi Mouawad
撮影 アンドレ・トゥルパン
Andre Turpin
編集 モニック・ダルトンヌ
Monique Dartonne
音楽 グレゴワール・ヘッツェル
Gregoire Hetzel
 
◆キャスト◆
 
ナワル・マルワン   ルブナ・アザバル
Lubna Azabal
ジャンヌ・マルワン メリッサ・デゾルモー=プーラン
Melissa Desormeaux-Poulin
シモン・マルワン マキシム・ゴーデット
Maxim Gaudette
公証人ジャン・ルベル レミー・ジラール
Remy Girard
-
(配給:アルバトロス・フィルム)
 

 これだけでは深読みともとられかねないが、ナワルの遺言が執行されていく過程を見れば、ヴィルヌーヴ監督がいかに細部にこだわっているかがわかる。遺言の要求は、あまりにも現実離れしていて、ナワルがすべてを偶然に委ねたのではないかと思いたくなるほどだ。しかし、様々な要因が絡み合って、その高い壁が乗り越えられていく。

 まず行動を起こすのは姉のジャンヌだ。彼女は純粋数学を専攻し、教授の助手を務めている。教授は講義で学生たちに純粋数学を以下のように説明する。「今まで学んできた数学は明解で決定的な答えを求めるものだった。これからは変わる。答えのない問題へと続く解決不能な問題に直面するようになる。想像を絶するほど複雑で難解な問題を前に自分を守るすべはなくなる。純粋数学、孤独の王国へようこそ」

 そんな孤独の王国で鍛えられてきたジャンヌは、優れた数学者としての資質である直感に従い、母親の過去に至る道を切り開く。これに対して、シモンは心を閉ざしているが、そこで重要な役割を果たすのが公証人のルベルだ。

 彼はいくつかの理由があって、義務の範囲を超えて積極的に協力する。ナワルとルベルには、それぞれに「約束」は神聖なものだという認識がある。双子の「父」と「兄」への手紙を用意したルベルは、重要な手がかりを持っている。そして、ルベル家が彼の代で絶えるということも大きく作用している。

 そんなルベルから大人になるように諭されたシモンも、彼でなければできない役割を果たす。家父長制が揺るぎない世界に生きるシャムセディンは、おそらく歌う女≠フ息子であるシモンだけにしか真実を語らなかったはずだ。つまり、恐怖や不安を覚えながらも踏み出すことが、シモンにとってある種の通過儀礼になる。

私たちはなぜこの映画の世界に深く引き込まれるのか。それは、ナワルと難民のワハブとの出会いに始まり、偶然に翻弄されつくしたような悲劇が、約束をめぐる必然へと鮮やかに反転していく不思議に心を揺さぶられるからだろう。もしナワルの悲劇をリアリズムで描いていたら、私たちは遠い世界の特別な体験のように感じていたに違いない。

 この映画では、ナワルの痛みが物語の力によって普遍化されている。そして、映画の冒頭で少年が見せる厳しい眼差しが、最後に死者と過ごす静謐な時間に変わることは、約束が果たされたことを物語っている。


(upload:2012/05/07)
 
 
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