では、そうしたことを踏まえてヴィルヌーヴがどのように独自の世界を確立してきたのかを振り返ってみたい。
まず注目したいのは最初の短編『REW-FFWD』(94)だ。その冒頭にはブラックボックスと呼ばれる装置が映し出され、声だけで登場する精神科医が、取材のためにジャマイカを訪れた主人公のカメラマンのすべての記憶、思考や息遣いまでもがそこに記録されていると説明する。装置には再生、停止、巻き戻し、早送りのボタンがあり、主人公がそれを操作することで、時系列が錯綜し、無意識の領域まで含めた(精神科医が語るところの)サイコドラマが作り上げられていく。記憶の見え方が明確に意識され、ジャマイカで異文化に触れることによる変化が描かれるこの短編は、ヴィルヌーヴの原点といえる。
ともに若い女性が主人公になり、交通事故を契機とした変化が描かれる長編デビュー作『August 32nd on Earth(英題)』(98)と『渦』(00)では、時間や記憶が特異な空間を切り拓く。居眠り運転による事故で九死に一生を得た前者のファッションモデルは、タイトルが示唆する8月32日以降というあり得ない時間に迷い込む。轢き逃げをしてしまう後者の女性企業家は、被害者が自宅に戻ってから息絶えたために、記憶のなかの轢き逃げと向き合いつづける。フェミニズムを敵視する若者が起こした銃乱射事件の実話に基づく『静かなる叫び』(09)では、事件を生き延びた男女ふたりの学生のその後を描くことで、トラウマが掘り下げられる。
これに対して、『灼熱の魂』(10)以降は、ドラマがそれまでとは異質な緊張をはらむようになる。それは、境界線を引く舞台を広げると同時に、個人ではなく家族を軸に据えることで記憶を多面的にとらえ、それらが複雑に絡み合っていくからだろう。
『灼熱の魂』で、母親の遺言に従って双子の姉弟が、彼女の過去をたどることは、彼らが境界を越えて中東の内戦のあまりにも惨たらしい悲劇を直視することでもあり、彼らの人生の決定的な分岐点になる。『プリズナーズ』(13)では、地域に波紋を広げていく誘拐事件の闇を描くと同時に、愛娘を奪われた父親の闇も掘り下げていく。自分の父親の自殺という悲劇に見舞われた過去がある彼は、喪失を恐れるあまりモラルや法を逸脱した行動に駆り立てられていくように見える。『ボーダーライン』(15)に描き出されるのは、壮絶な麻薬戦争だが、同時にカルテルに妻と娘を惨殺され、殺し屋となったコロンビア人の復讐の物語にもなっている。
こうした図式は、冒頭でも触れたSF作品にも当然、引き継がれている。『メッセージ』では、知的生命体との全面戦争の危機と主人公が見る家族の記憶が複雑に絡み合い、『ブレードランナー 2049』でも、レプリカントが産んだ子供の存在が人間とレプリカントの対立の火種となる一方で、主人公が境界を越えた家族の絆を際立たせる媒介となっていく。
そして、『DUNE/デューン 砂の惑星』には、ここまで書いてきたヴィルヌーヴの世界が集約されている。アトレイデス家と宿敵ハルコンネン家、裏で糸を引く皇帝、原住民フレメンの間で繰り広げられる戦争、陰謀、弾圧や搾取が壮大なスケールで描き出される。邪悪なハルコンネン男爵や冷酷な皇帝直属の親衛軍サーダカー、巨大な砂虫などの造形には目を奪われる。
だが、本作は家族の物語でもある。特に興味深いのが、母親ジェシカとポールの関係だ。ジェシカは、女性のための教育機関ベネ・ゲセリットのメンバーで、印象的な箱の試練が示唆するように、ポールは公爵家の世継ぎであるだけでなく、この女性集団が求めている特別な存在である可能性を秘めている。つまり、男性と女性の間に明確な境界線が引かれ、そこに異なるふたつの世界がある。
さらに、ポールは母親とともに、予知夢で見ていたフレメンの世界に導かれる。その途中で彼らを助ける惑星生態学者カインズが、本作では男性から女性に変更され、女性の存在が強調されていることも見逃せない。ポールはフレメンの戦士との決闘に勝利し、それがフレメンに帰属するためのイニシエーションになる。彼はまさに異文化との境界を越え、変容を遂げる。
本作は、ポールとジェシカがフレメンと行動をともにするところで終わる。後編では、この母子の関係や異文化がさらに前面に出て、記憶や境界線をめぐるよりディープなヴィルヌーヴの世界が切り拓かれることを予感させる。この二部作は間違いなく彼の集大成になるだろう。 |