DUNE/デューン 砂の惑星
Dune


2021年/アメリカ/カラー/155分
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(初出:『DUNE/デューン 砂の惑星』劇場用パンフレット)

 

 

ヴィルヌーヴが描き出す”記憶”と”境界”

 

[Introduction] 『灼熱の魂』(10)、『プリズナーズ』(13)、『ボーダーライン』(15)、斬新な映像表現と深い洞察によって刺激的な作品を次々と送り出し、近作では、『メッセージ』(16)、『ブレードランナー 2049』(17)とSFに積極的に取り組んできたカナダの異才ドゥニ・ヴィルヌーヴが、フランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』を映画化。本作は、二部作の前編になる。

 アトレイデス家の後継者で、予知夢によって未来を視る能力を持つポールをティモシー・シャラメ、ポールの父であるレト・アトレイデス公爵をオスカー・アイザック、公爵の愛妾であり、女性のための歴史ある教育機関ベネ・ゲセリットのメンバーでもあるレディ・ジェシカをレベッカ・ファーガソン、ポールを鍛えるアトレイデス家の武術指南役ガーニイ・ハレックをジョシュ・ブローリン、ポールの予知夢に現れるデューンの先住民フレメンの女性戦士チャニをゼンデイヤ、フレメンのリーダー、スティルガーをハビエル・バルデム、アトレイデス家の宿敵であるハルコンネン家の邪悪な男爵をステラン・スカルスガルド、女性集団ベネ・ゲセリットの教母ガイウス・ヘレネ・モヒアムをシャーロット・ランプリング、原作の男性を女性に変更した惑星生態学者リエト・カインズをシャロン・ダンカン=ブルースターがそれぞれ演じている。

[以下、本作のレビューになります]

 斬新な映像表現と深い洞察によって刺激的な作品を次々と送り出してきたドゥニ・ヴィルヌーヴは、近作でSFに積極的に取り組んでいる。それらの作品では、彼がこれまで追求してきたテーマがより鮮明になっているように思える。

 テッド・チャンの短編を映画化した『メッセージ』(16)の冒頭では、主人公の言語学者ルイーズと彼女の娘の軌跡が描き出される。そこに「記憶って不思議。色んな見え方をする」という彼女のモノローグがかぶさるため、その映像は過去の出来事のように思える。ところが、彼女が謎の知的生命体と意思の疎通を図るうちに、実は未来の出来事であることがわかってくる。彼女は言語を解読するだけでなく、時系列がない彼らの非線形の言語で思考し、未来が見えるようになり、世界観が変わっていく。

 『ブレードランナー 2049』(17)では、新型レプリカントのブレードランナーKが、任務の遂行中に、30年前にレプリカントが子供を産んでいた痕跡を発見し、子供の出生と自分の記憶に深い繋がりがあることに気づく。もし自分の記憶が植えつけられたものではなく本物だったとしたらと考えるKにとって、子供の行方を追う任務は自身の出生の秘密を探ることに繋がり、結果次第では彼の現在や未来が大きく変わることになる。

 新作『DUNE/デューン 砂の惑星』(21)では、主人公のポール・アトレイデスが予知夢を見る。本作は二部作の前編なのでその能力の全貌が明らかにされることはないが、どのような変化を遂げるのかヒントを提示しておきたい。フランク・ハーバートの原作の後半では、それが以下のように表現されている。

「自分の周囲では、過去と未来と現在が見分けのつかないほど入り混じってしまっている。これがいわば“ヴィジョン疲れ”であることはわかっていた。その原因は、予知する未来を一種の記憶として――未来の記憶を“過去にあったこと”として――絶えず保持していることにある」

 記憶の見え方は、ヴィルヌーヴの世界を読み解くキーワードになる。彼の作品群を単純にジャンルで括ることはできないが、どんな設定であってもそこに境界線と呼べるものが深く関わり、隔てられたふたつの世界が記憶に影響を及ぼし、現実やアイデンティティが変化していく。

 それはたとえば、男性と女性の境界であり、異文化との境界であり、意識と無意識の境界である。ヴィルヌーヴがそうした境界に関心を持つのは、彼の母親や祖母がフェミニストだったことや、カナダには国の政策として、ヴィルヌーヴが育ったケベック州とその他の州の二言語主義、英仏系以外の文化集団を踏まえた多文化主義が導入されていることとも無関係ではないだろう。また、ヴィルヌーヴは、ダークな世界を描く傾向について、カナダには厳しい冬があることと関連づける発言をしているが、そんな環境の違いも境界に結びついているように思える。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   ドゥニ・ヴィルヌーヴ
Catherine Bainbridge
脚本 エリック・ロス、ジョン・スペイツ
Alfonso Maiorana
原作 フランク・ハーバート
Alfonso Maiorana
撮影監督 グリーグ・フレイザー
Alfonso Maiorana
編集 ジョー・ウォーカー
Alfonso Maiorana
音楽 ハンス・ジマー
Alfonso Maiorana
 
◆キャスト◆
 
ポール・アトレイデス   ティモシー・シャラメ
Link Wray
レディ・ジェシカ レベッカ・ファーガソン
Robbie Robertson
レト・アトレイデス公爵 オスカー・アイザック
Jimi Hendrix
ウラディミール・ハルコンネン男爵 ステラン・スカルスガルド
Rhiannon Giddens
ガーニー・ハレック ジョシュ・ブローリン
Jesse Ed Davis
チャニ ゼンデイヤ
Randy Castillo
スティルガー ハビエル・バルデム
Randy Castillo
リエト・カインズ シャロン・ダンカン=ブルースター
Randy Castillo
ガイウス・ヘレン・モヒアム シャーロット・ランプリング
Randy Castillo
-
(配給:ワーナー・ブラザース映画)
 

 では、そうしたことを踏まえてヴィルヌーヴがどのように独自の世界を確立してきたのかを振り返ってみたい。

 まず注目したいのは最初の短編『REW-FFWD』(94)だ。その冒頭にはブラックボックスと呼ばれる装置が映し出され、声だけで登場する精神科医が、取材のためにジャマイカを訪れた主人公のカメラマンのすべての記憶、思考や息遣いまでもがそこに記録されていると説明する。装置には再生、停止、巻き戻し、早送りのボタンがあり、主人公がそれを操作することで、時系列が錯綜し、無意識の領域まで含めた(精神科医が語るところの)サイコドラマが作り上げられていく。記憶の見え方が明確に意識され、ジャマイカで異文化に触れることによる変化が描かれるこの短編は、ヴィルヌーヴの原点といえる。

 ともに若い女性が主人公になり、交通事故を契機とした変化が描かれる長編デビュー作『August 32nd on Earth(英題)』(98)と『渦』(00)では、時間や記憶が特異な空間を切り拓く。居眠り運転による事故で九死に一生を得た前者のファッションモデルは、タイトルが示唆する8月32日以降というあり得ない時間に迷い込む。轢き逃げをしてしまう後者の女性企業家は、被害者が自宅に戻ってから息絶えたために、記憶のなかの轢き逃げと向き合いつづける。フェミニズムを敵視する若者が起こした銃乱射事件の実話に基づく『静かなる叫び』(09)では、事件を生き延びた男女ふたりの学生のその後を描くことで、トラウマが掘り下げられる。

 これに対して、『灼熱の魂』(10)以降は、ドラマがそれまでとは異質な緊張をはらむようになる。それは、境界線を引く舞台を広げると同時に、個人ではなく家族を軸に据えることで記憶を多面的にとらえ、それらが複雑に絡み合っていくからだろう。

 『灼熱の魂』で、母親の遺言に従って双子の姉弟が、彼女の過去をたどることは、彼らが境界を越えて中東の内戦のあまりにも惨たらしい悲劇を直視することでもあり、彼らの人生の決定的な分岐点になる。『プリズナーズ』(13)では、地域に波紋を広げていく誘拐事件の闇を描くと同時に、愛娘を奪われた父親の闇も掘り下げていく。自分の父親の自殺という悲劇に見舞われた過去がある彼は、喪失を恐れるあまりモラルや法を逸脱した行動に駆り立てられていくように見える。『ボーダーライン』(15)に描き出されるのは、壮絶な麻薬戦争だが、同時にカルテルに妻と娘を惨殺され、殺し屋となったコロンビア人の復讐の物語にもなっている。

 こうした図式は、冒頭でも触れたSF作品にも当然、引き継がれている。『メッセージ』では、知的生命体との全面戦争の危機と主人公が見る家族の記憶が複雑に絡み合い、『ブレードランナー 2049』でも、レプリカントが産んだ子供の存在が人間とレプリカントの対立の火種となる一方で、主人公が境界を越えた家族の絆を際立たせる媒介となっていく。

 そして、『DUNE/デューン 砂の惑星』には、ここまで書いてきたヴィルヌーヴの世界が集約されている。アトレイデス家と宿敵ハルコンネン家、裏で糸を引く皇帝、原住民フレメンの間で繰り広げられる戦争、陰謀、弾圧や搾取が壮大なスケールで描き出される。邪悪なハルコンネン男爵や冷酷な皇帝直属の親衛軍サーダカー、巨大な砂虫などの造形には目を奪われる。

 だが、本作は家族の物語でもある。特に興味深いのが、母親ジェシカとポールの関係だ。ジェシカは、女性のための教育機関ベネ・ゲセリットのメンバーで、印象的な箱の試練が示唆するように、ポールは公爵家の世継ぎであるだけでなく、この女性集団が求めている特別な存在である可能性を秘めている。つまり、男性と女性の間に明確な境界線が引かれ、そこに異なるふたつの世界がある。

 さらに、ポールは母親とともに、予知夢で見ていたフレメンの世界に導かれる。その途中で彼らを助ける惑星生態学者カインズが、本作では男性から女性に変更され、女性の存在が強調されていることも見逃せない。ポールはフレメンの戦士との決闘に勝利し、それがフレメンに帰属するためのイニシエーションになる。彼はまさに異文化との境界を越え、変容を遂げる。

 本作は、ポールとジェシカがフレメンと行動をともにするところで終わる。後編では、この母子の関係や異文化がさらに前面に出て、記憶や境界線をめぐるよりディープなヴィルヌーヴの世界が切り拓かれることを予感させる。この二部作は間違いなく彼の集大成になるだろう。

《参照/引用文献》
『デューン 砂の惑星[新訳版]上・中・下』 フランク・ハーバート●
酒井昭伸訳(早川書房、2016年)

(upload:2022/03/02)
 
 
《関連リンク》
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