東京国際映画祭で上映された『トリシュナ』の原作はトマス・ハーディの『テス』だ。マイケル・ウィンターボトムにとってハーディの作品の映画化は、『日陰のふたり』、『めぐり逢う大地』につづいて3度目になる。但し、最初からハーディの小説の映画化を目指していたとは限らない。
『めぐり逢う大地』の場合は、アメリカになる前のアメリカを題材にした作品の構想を練っているうちに、それがハーディの世界に重なり、映画化ということになった(マイケル・ウィンターボトム・インタビュー02参照)。この新作も、舞台を現代のインドに移しての映画化なので、そういう可能性もある。
舞台はインド北西部、パキス-タンとの国境があるインド最大の州ラジャスタン州。父のホテル経営を引き継ぐ前に、最-後の休暇としてこの地を訪れたイギリス在住のビジネスマン、ジェイ・シンはトリシュナと出会う。
父親が交通事故でジープを失い生活に困ったトリシュナはジェイの元で働き始め、ふたりは-恋に落ちる。しかし彼らの絆は急速に工業化と都市化が進む地方都市の因習や教育の違い-によって引き裂かれる。トリシュナは伝統を守って暮らす家族と、都会的な教育を受けた-末に抱いた夢の間で悲劇的な結末を迎える。
この映画で、大きな変更を加えられているのは舞台だけではない。原作には、ヒロインであるテスの弱みにつけ込んで彼女を自分のものにするアレックと、彼女を愛しながらその過去を受け入れられないクレアというふたりの男が登場する。ロマン・ポランスキーの『テス』にも、その図式は引き継がれている。
しかし、『トリシュナ』では、このアレックとクレアが、イギリス人ビジネスマンのジェイというひとりの人物にまとめられている。男女三人ではなく、ヒロインのトリシュナとジェイの男女の物語になっているのだ。
この『トリシュナ』の前作、ジム・トンプスンの同名小説を映画化した『キラー・インサイド・ミー』は、原作のダイジェストのような内容になっていて、映画としてのオリジナリティがほとんど感じられなかった。しかし、新作にはウィンターボトムらしさがよく出ている。
普通に考えれば、原作のアレックとクレアの存在は生かしたくなるところだが、主人公を男女二人に絞り、ナラティブな要素、ストーリーで語る部分を削ぎ落とし、生身の身体と状況を浮き彫りにしていく。その状況には、原作にはないサブテーマが埋め込まれている。 |