トリシュナ
Trishna


2011年/イギリス/カラー/117分/シネマスコープ/
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(初出:Into the Wild 2.0 | 大場正明ブログ)

 

 

現代インドに舞台を変えてハーディの『テス』を映画化
鍵を握るのはポスト・コロニアリズムとツーリズム

 

 東京国際映画祭で上映された『トリシュナ』の原作はトマス・ハーディの『テス』だ。マイケル・ウィンターボトムにとってハーディの作品の映画化は、『日陰のふたり』、『めぐり逢う大地』につづいて3度目になる。但し、最初からハーディの小説の映画化を目指していたとは限らない。

 『めぐり逢う大地』の場合は、アメリカになる前のアメリカを題材にした作品の構想を練っているうちに、それがハーディの世界に重なり、映画化ということになった(マイケル・ウィンターボトム・インタビュー02参照)。この新作も、舞台を現代のインドに移しての映画化なので、そういう可能性もある。

 舞台はインド北西部、パキス-タンとの国境があるインド最大の州ラジャスタン州。父のホテル経営を引き継ぐ前に、最-後の休暇としてこの地を訪れたイギリス在住のビジネスマン、ジェイ・シンはトリシュナと出会う。

 父親が交通事故でジープを失い生活に困ったトリシュナはジェイの元で働き始め、ふたりは-恋に落ちる。しかし彼らの絆は急速に工業化と都市化が進む地方都市の因習や教育の違い-によって引き裂かれる。トリシュナは伝統を守って暮らす家族と、都会的な教育を受けた-末に抱いた夢の間で悲劇的な結末を迎える。

 この映画で、大きな変更を加えられているのは舞台だけではない。原作には、ヒロインであるテスの弱みにつけ込んで彼女を自分のものにするアレックと、彼女を愛しながらその過去を受け入れられないクレアというふたりの男が登場する。ロマン・ポランスキーの『テス』にも、その図式は引き継がれている。

 しかし、『トリシュナ』では、このアレックとクレアが、イギリス人ビジネスマンのジェイというひとりの人物にまとめられている。男女三人ではなく、ヒロインのトリシュナとジェイの男女の物語になっているのだ。

 この『トリシュナ』の前作、ジム・トンプスンの同名小説を映画化した『キラー・インサイド・ミー』は、原作のダイジェストのような内容になっていて、映画としてのオリジナリティがほとんど感じられなかった。しかし、新作にはウィンターボトムらしさがよく出ている。

 普通に考えれば、原作のアレックとクレアの存在は生かしたくなるところだが、主人公を男女二人に絞り、ナラティブな要素、ストーリーで語る部分を削ぎ落とし、生身の身体と状況を浮き彫りにしていく。その状況には、原作にはないサブテーマが埋め込まれている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   マイケル・ウィンターボトム
Michael Winterbottom
原作 トマス・ハーディ
Thomas Hardy
撮影 マルセル・ザイスキンド
Marcel Zyskind
編集 マグス・アーノルド
Mags Arnold
作曲 梅林茂
Shigeru Umebayashi
 
◆キャスト◆
 
トリシュナ   フリーダ・ピント
Freida Pinto
ジェイ リズ・アーメッド
Riz Ahmed
ヴィジェイ ハリシュ・カーナ
Harish Khanna
ミスター・シン ロシャン・セス
Roshan Seth
Bhaanumathi Meeta Vashisht
Kalki Kalki Koechlin
Anurag Anurag Kashyap
Sandeep Neet Mohan
-
(配給:未公開/DVDリリース)
 

 ウィンターボトムはかつてフランス文学界の異端児ミシェル・ウエルベックの『プラットフォーム』の映画化を切望していた。そして、それが叶わず、代わりに作ったのが『9 Songs』だった。そこで、『プラットフォーム』と『トリシュナ』を重ねてみると、アレックとクレアが、ジェイというひとりの人物にまとめられている理由も頷ける。

 ウエルベックは、グローバリゼーションの時代における個人とその欲望の在り方を辛辣な視点で抉り出し、挑発的なヴィジョンを切り拓く。『プラットフォーム』の主人公は、「人間は唯一無二の存在であるとか、交換不可能な特異性を有しているとか主張するのは間違いだ」と考える。にもかかわらず彼は、南国タイで出会ったひとりの女とのセックスによって得られた幸福な記憶に囚われ、その物語を綴っていく。

 『トリシュナ』は、その男の視点を、トリシュナという女の方の視点に置き換えて語られる物語といえる。ちなみに、映画祭でウィンターボトムにインタビューしたとき、彼はこのような興味深い発言をしていた。

この映画の背景のひとつにツーリズムやポスト・コロニアリズムというものがある。ジェイや彼の父親はホテルを経営することによって、日本やヨーロッパの観光客をマハラジャの邸宅だった建物に泊まらせたりして、植民地時代の経験をさせる。特にふたつ目のホテルに移ったときに、ジェイはのさばり、それこそマハラジャの王子のような態度をとるようになる。そういう意味ではネガティブなイメージがあるけど、一方で、ラジャスタンでは実際にホテルが一大産業になっている。それが特に女性に雇用機会をもたらしている。でもそこには矛盾もあり、トリシュナは本当に奴隷のようになっていき、彼女の同僚にはキャリアになっている。ラジャスタンは保守的なところだけど、私は実際にこの同僚のような女性たちにたくさん会った。観光業界で働いていて、非常に野心に満ちて自立していて、成功したいと思っている女性がいることも事実なのだ

 『プラットフォーム』に登場する女は旅行会社の重役で、当然ツーリズムが関わってくる。タイが舞台になるので、ポスト・コロニアリズムとの無関係ではない。ウィンターボトムはこの新作で、そんな『プラットフォーム』を意識し、劇映画=フィクションとドキュメンタリーの狭間に「リアル」を追求する独自のスタイルで、現代インドを描き出している。

《参照/引用文献》
『プラットフォーム』 ミシェル・ウエルベック●
中村佳子訳(角川書店、2009年)

(upload:2014/01/29)
 
 
《関連リンク》
マイケル・ウィンターボトム 『トリシュナ』 上映
マイケル・ウィンターボトム監督に取材 『トリシュナ』
マイケル・ウィンターボトム・インタビュー 『トリシュナ』
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