9 Songs
9 Songs


2004年/イギリス/カラー/69分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「Cut」2005年4月号 映画の境界線44より抜粋のうえ若干の加筆)

壮大な時間のなかに放り出され、
ゆっくりと解けて消え去る記憶

 マイケル・ウィンターボトムの新作『9 Songs』では、“記憶”というテーマを通してその独自の作家性がさらに突き詰められている。この映画にロックのライヴが頻繁に挿入されることから、短絡的に『24アワー・パーティ・ピープル』と結びつけてしまう向きもあるだろうが、それは大きな間違いだ。『24アワー〜』は、ウィンターボトムの監督作のなかで、唯一、作家性が欠落している作品であるからだ。

 彼が描きつづけるのは、孤立した人間の姿だが、他者との繋がりを欠き、居場所を失っても生きなければならない者のなかでは、記憶が大きな位置を占めるようになる。

 『バタフライ・キス』の殺人鬼ユーニスは、ジュディスという女を探し歩き、あるメロディを口ずさみながらその曲を思い出そうとする。『アイ ウォント ユー』では、男女の9年ぶりの再会によって、ヒロインの父親の死をめぐって封印された記憶が甦る。『いつまでも二人で』の主婦ロージーは、かつて文通をしていた男が目の前に現われたことから、失われた夢と記憶の狭間で心が揺れていく。

 『めぐり逢う大地』では、かつて利権のために妻子を売った男が、再会を機に失った過去を取り戻そうとする。『CODE46』では、記憶すら奪われる近未来社会を生きる男女が、その存在を犠牲にしてまで、愛の記憶を繋ぎとめようとする。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/編集   マイケル・ウィンターボトム
Michael Winterbottom
撮影 マルセル・ジスキンド
Marcel Zyskind
編集 マット・ホワイトクロス
Mat Whitecross
 
◆キャスト◆
 
マット   キーラン・オブライアン
Kieran O'Brien
リサ マルゴ・スティリー
Margo Stilley
   
  プライマル・スクリーム
Primal Scream
  フランツ・フェルディナンド
Franz Ferdinando
  マイケル・ナイマン
Michael Nyman
  エルボー
Elbow
  ブラック・レーベル・モーターサイクル・クラブ
Black Rabel Motorcycle Club
  ザ・ダンディ・ウォーホルズ
the Dandy Warhols
  スーパー・ファーリー・アニマルズ
Super Furry Animals
  ザ・ヴォン・ボンディーズ
The Von Bondies
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(配給:ファインフィルムズ
+ギャガ・コミュニケーションズ )

 『9 Songs』は、主人公マットが南極にやって来るところから始まる。彼は、雪と氷に閉ざされた世界のなかで、リサという娘のことを思い出す。彼女は21歳のアメリカ人で、これまでいろいろな国の男たちと付き合ってきたようだが、彼のなかに甦るのは、彼女の出身地とか言葉ではなく、肌の感触や匂いだ。ロンドンで、ロックのライヴで出会った彼らは、ライヴに通い、そしてセックスした。

 つまりこの映画では、南極という孤立した状況を背景に、記憶のなかにある熱気に満ちたライヴとハードコアなセックスが描き出される。その構造は一見、単純に見えるが、映像からは現代を生きる個人の揺らぎがリアルに浮かび上がってくる。ウィンターボトムは当初、ミシェル・ウエルベックの小説『プラットフォーム』の映画化を考えたが、それが叶わず、この映画を作り上げたという。

 フランス文学界の異端児ウエルベックは、グローバリゼーションの時代における個人とその欲望の在り方を辛辣な視点で抉り出し、挑発的なヴィジョンを切り開く作家だが、確かに彼とウィンターボトムの世界には通じ合うものがある。『プラットフォーム』の主人公は、「人間は唯一無二の存在であるとか、交換不可能な特異性を有しているとか主張するのは間違いだ」と考える。にもかかわらず彼は、ひとりの女とのセックスによって得られた幸福な記憶に囚われ、この物語を綴っていく。

 そんな彼は、『CODE46』で不毛の外部世界に放り出され、ウィリアムとの記憶を生きるマリアを想起させる。

 『9 Songs』のマットは、調査研究のために南極の深層から掘り出された氷を見つめる。そこには太古の記憶が封印されている。リサの記憶はそんな壮大な時間のなかに放り出される。そして、記憶のなかでリサは少しずつ彼から離れていく。

 グローバルな世界に快楽を求める彼女にとって、彼はたくさんの男のひとりであり、彼がいてもバイブでひとりでいってしまうように、快楽は必ずしも共有されるものではない。マットは誕生日に彼女から南極の本を贈られるが、リサの記憶は、その本に書かれた氷山の運命のように、ゆっくりと解けて消え去るのだ。

《参照/引用文献》
『プラットフォーム』 ミシェル・ウエルベック●
中村佳子訳(角川書店、2009年)

(upload:2011/10/31)
 
 
《関連リンク》
『トリシュナ』 レビュー ■
マイケル・ウィンターボトム・インタビュー02 『いつまでも二人で』 ■
沖田修一 『南極料理人』 レビュー ■

 
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