南極料理人
The Chef of South Polar


2009年/日本/カラー/125分/アメリカンヴィスタ/DTSステレオ
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(初出:web-magazine「e-days」Into the Wild2009年7月28日更新、若干の加筆)

極寒の地・南極、非日常のなかの日常

 沖田修一監督の商業映画デビュー作『南極料理人』の舞台は、南極の内陸の高地にある南極ドームふじ基地。標高3810m、平均気温マイナス54℃、ペンギンやアザラシはおろか、ウイルスさえ生存できない極寒の地だ。映画では、8人の観測隊員たちの1年半に渡る共同生活が、海上保安庁から派遣された調理担当の西村を軸として描き出されていく。

 この映画の面白さは、南極での生活が南極らしくない空気を醸し出していくところにある。それはもちろん、網走を南極に仕立て上げているということではない。

 たとえば、マイケル・ウィンターボトム監督の『9 Songs』と比較してみれば、その違いが明確になるだろう。ノルウェーで南極の場面を撮影し、それに本物の南極の映像を加えた『9 Songs』では、観測隊員として南極に暮らす主人公マットのなかに、ロンドンで出会ったリサという21歳の娘の記憶、肌の感触や匂い、ふたりで観たライブの音楽が甦ってくる。この映画の場合は、日常としてのロンドンと雪と氷に閉ざされた非日常としての南極が対地されている。

 『南極料理人』でまず印象に残るのは、堺雅人扮する西村が基地のキッチンで働く姿だ。彼は、刺身や天ぷら、ブリの照り焼きなどを手際よく調理していく。食卓に並んだ料理を見ていると、そこが南極であることを忘れそうになる。沖田監督は、意識して日常性を強調している。なぜなら映画の最後で、日本に帰り、普段の生活に戻った西村は、自分が本当に南極で生活していたのだろうかと思うからだ。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   沖田修一
原作 西村淳
撮影 芦澤明子
編集 佐藤崇
音楽 阿部義晴
 
◆キャスト◆
 
西村淳/調理担当   堺雅人
本さん/雪氷学者 生瀬勝久
タイチョー/気象学者 きたろう
兄やん/雪氷サポート 高良健吾
主任/車両担当 古舘寛治
盆/通信担当 黒田大輔
平さん/大気学者 小浜正寛
ドクター 豊原功補
西村の妻・みゆき 西田尚美
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(配給:東京テアトル)
 
 

 この映画を観ながら筆者は、沖田監督が自主制作で作り上げた『このすばらしきせかい』のことを思い出していた。主人公は引きこもりの高校生・涼一。同級生に対してキレて怪我をさせてから不登校になっている。家族はみんな忙しく、毎朝、涼一のために千円を置いて出かけ、彼は家で一日中ゲームをしている。

 ところが、そんな一家のところに、叔父さんがしばらく居候することになる。その叔父さんは、自殺をはかって入院し、住む家も金も無くしてしまったため、家族が面倒を見ることになったのだ。とはいえずっと家にいるのは涼一だけであり、彼はそんな成り行きで、不器用でマイペースな叔父さんに振り回されていく。

 叔父さんは、家から持ち出した置物を金に変えて飲み食いしたり、涼一が顔を合わせたくない同級生を勝手に家に上げたり、泊りがけの旅に出る。涼一は、最初はそんな叔父さんに辟易するが、いつしか彼に付き合うことが楽しくなっている。そして、気づいてみれば、ふたりの立場が逆転している。

 沖田監督は、日常的なエピソードを淡々と積み重ねながら、主人公の微妙な心の動きや変化を実に巧みに描き出していく。『南極料理人』では、そういうセンスにさらに磨きがかけられている。

 西村は、望んで南極にやってきたわけではない。それを望んでいた同僚が、運悪く交通事故に遭い、その代わりに南極行きを命じられたのだ。妻と幼い子供たちがいる西村は、仕方なくやってきた。しかも、調理担当の人間は、食事や食生活に関して他の隊員たちに気を配るものだが、それが伝わらないことが多々ある。この映画はそのズレを描き出していく。

 西村は当然、隊員たちが飽きないようにメニューを工夫する。ところが彼らのなかには、ラーメンだけ食べてれば幸せというような人物がいて、夜中にキッチンで勝手にラーメンを作ってこそこそ食べている。西村は顔には出さないが、もちろんいい気はしない。だからラーメンのストックが尽きたときに、有り余っているカニをその隊員に嬉しそうに差し出す。

 さらに、隊員たちが熱いうちに料理を食べられるように準備をしても、彼らは好き勝手に話し込んでいる。高価な伊勢えびがあったので刺身にしようと思っても、多数決でエビフライにしなければならない。

 西村はまさに隊員たちに振り回されていく。だが、『このすばらしきせかい』と同じように、いつしかそこに絆が生まれ、料理や家族に対する思いが変化していくのだ。


(upload:2009/12/03)
 
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