マイケル・ウィンターボトム・インタビュー 02
Interview with Michael Winterbottom 02


2000年 電話(イギリス―東京)
いつまでも二人で/With or Without You――1999年/イギリス/カラー/93分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「キネマ旬報」2000年11月下旬号、加筆)

 

 

過去と現在、夢と現実の狭間で揺れる心
――『いつまでも二人で』(1999)

 

 マイケル・ウィンターボトムがコメディに挑戦した新作『いつまでも二人で』。このドラマの鍵を握るのは過去の記憶だ。結婚して5年になる29歳のロージーと34歳のヴィンセントは、子供が欲しいのにできない悩みを抱え、関係がぎくしゃくしている。 そんな時、ロージーの前に、かつて文通を通して好意を持ったフランス人のブノワが現れる。それがきっかけとなって、ロージーは過去の記憶にとらわれ、心が揺れ動きだす。

「ロージーにとって、ブノワは個人的によく知らない人物だ。文通を通してお互いに、自分のなかに作り上げてしまった存在で、ロージーは彼と実質的な関係を築いたわけではない。そういうロマンティックに作り上げた存在だから、夫との対比が明確になっている。 もしかつてロージーとブノワが現実に出会っていたら、彼女が若い頃に描いていた自分の将来像と、大人になった自分が夫と送っている現実の生活とのギャップをこれほど感じることはなかっただろう。この映画が投げかけるのは、郊外に暮らす主人公が、同じことが繰り返される退屈な生活のなかで、 これは自分が17、18歳の時に思い描いた生活ではないと考え、昔の夢を追いかける機会が訪れた時、果たしてそれを選ぶかどうかということだ。年齢を重ねると誰もが、違った選択をしていれば違った人生になったのだろうかと考え始める。

 ロージーはまさにそう考え始めたところで、あれほど子供がほしいのにできないというジレンマがそれを明確に語っている。彼女は、どこかで曲がる角を間違えたから、好きでもない場所にいる羽目になったのではと考えている。そこへブノワが現れるという転機が訪れる。 彼女は、人生を変えられるかもしれない、若い頃の自分に戻れるかもしれないと考える。この物語にロマンティックとコミカルという二つのバージョンがあったとすれば、ロマンティックな方では、ロージーを、恋をし、若く自由でありたい女性として描き、コメディでは、彼女が妥協して選んだ道は、 実は誠実な選択であったということを描くと思う。現実の世界となりたかった自分の間で妥協点を見出そうとすることが、人々の人生をコミカルかつ悲劇的にしているんだ」

 ロージーとヴィンセントが暮らしているのは、北アイルランドのベルファスト。この舞台からはアイルランド紛争がすぐに思い浮かぶが、男と女の心のすれ違いを描くドラマからはこの街の別な一面が見えてくる。

「以前、ベルファストを舞台にIRAをテーマにしたテレビ映画を作ったことがあるが、あそこを舞台にした話の典型といえば、IRA、政治、紛争などで、それは自然なことだし、大切なことでもある。しかし、ベルファストにいると、ほとんどの人たちの生活は、他とまったく変わらないことがわかる。 政治や社会状況が人々の生活を左右しているかというと、事はもっと複雑で、実はそうではない。人々の生活は紛争だけではなく、結婚や子供を持つこと、恋をすることを中心にまわっている。ベルファストにも都会から郊外に移り住む人々の日常があり、再開発も行われている。観る側が期待しているものをそのまま描くよりも、 実際に存在しながら、あまり期待されていない一面を見せる方が面白いと思った」

 しかし、そこがベルファストであるという現実は、ラジオから流れるニュースや新聞などのディテールに反映されている。

「紛争は実際に存在するのだから、ラブ・コメディであっても何らかのかたちで触れる必要があった。ベルファストはそれまで比較的静かだったが、撮影中に三年振りにひどい衝突が起こった。緊迫した状況が続き、紛争が激化する恐れもあったので、隣町に一時避難しなければならなかった。 ブノワが読んでいる新聞も実際にそのときに発行されたもので、トラブルの記事で埋め尽くされていた。そのことでこの物語のホームドラマ的な部分が際立ったと思う」

 また、ヴィンセントの立場もベルファストと繋がりがあるといえる。使命を背負い、緊張を強いられる警官を辞めた彼は、心の支えを失いつつある。そんな彼が大事にする愛車ジャガーは、警官だった彼のプライドと結びついているように見える。

「ジャガーは、ヴィンセントのような人物が好むだろうと思った車だ。警官だったというプライドと結びついているという指摘は確かにそうかもしれない。彼はロージーとの新しい生活を始めるために、警官を辞め、同僚や自分の人生を捨てて、義父の会社に移った。彼はある意味で、周囲から断絶してしまった人物といえる。 車が一番大事だというのは悲劇的で、そんなものに多大な投資をしているのは滑稽にすら見える。けれども彼には、ほかに自分の世界がない。これは特に男によく見られる傾向で、人と感情的な結びつきを築くことが苦手で、モノに走るんだ」

 夫の裏切りを知ったロージーは、彼のジャガーを奪い、ブノワと過去に向かって走りだす。そのジャガーが波打ち際を揺れるように疾走する光景は実に印象深いものがある。

「あの場面にはロマンティックな逃避行という側面もあるが、同時に、逃げることに何の意味があるのか、本当にパリまで逃げて10代の頃の夢を生きられるのかという疑念も浮かび上がる。海辺を走ることは、それ以上逃げられないことも意味する。これは、いつまでも旅をつづけ、 大陸のなかで自分を見失うようなロード・ムーヴィーではない。ロージーがどんなに制約の多い生活を強いられても、きっとそれを壊すことはないだろうということを感じさせる場面になっているんだ」

 『いつまでも二人で』と『ひかりのまち』では、子作りや子供の誕生が印象に残るが、これは偶然なのだろうか。


◆プロフィール
マイケル・ウィンターボトム
1961年3月29日イギリス、ランカシャー州ブラックバーン生まれ。オックスフォード大学で英文学を専攻後、ブリストル、ロンドンで映画制作の技術を学んだ。テムズ・テレビジョンで編集に携わり、イングマル・ベルイマン監督に関する2本のドキュメンタリーを制作。 その後、"Forget About Me"(90)、"Under the Sun"(91)、"Love Lies Bleeding"(93)といったTVムーヴィーで注目を浴びる。93年にロビー・コルトレーン主演のヒットTVシリーズ「心理探偵フィッツ」の2時間パイロット「告白の罠」(NHK衛星にて放映)を、翌年はロディ・ドイル脚本の4話からなるシリーズ"Family"を監督した。 "Family"はライターズ・ギルドのシリアル・ドラマ賞、94年"ヨーロッパ大賞"のヨーロッパTV番組賞を受賞したほか、95年イギリス・アカデミー賞シリアル候補にもなった。TVムーヴィー用に監督したジミー・マクガヴァン脚本の「GO NOW」(95)はエディンバラ映画祭でプレミア上映され、評判を呼んで各国で劇場公開された。 劇場用デビュー作はアマンダ・プラマー、サスキア・リーヴスを主演に迎え、北西イングランドを旅する二人の女性を描いた「バタフライ・キス」(95)で各地で絶賛を博した。2作目はトマス・ハーディの原作「日蔭者ヂュード」を、ケイト・ウィンスレット、クリストファー・エクルストン主演で清冽に映画化した「日蔭のふたり」(96)。 3作目はボスニア戦争に材をとり、ウディ・ハレルスン、マリサ・トメイ、スティーヴン・ディレイン出演で描いた話題作「ウェルカム・トゥ・サラエボ」(97)。4作目はレイチェル・ワイズ、アレッサンドロ・ニヴォラ主演で衝撃的に描いたラヴ・ストーリー「アイ ウォント ユー」(98)。 5作目はジナ・マッキー、シャーリー・ヘンダースン主演でロンドンに暮らす27歳の女性と彼女の家族をモチーフに描いた集大成的ラヴ・ストーリー「ひかりのまち」(99)。そして最新作は初めてアメリカで制作するトマス・ハーディ原作をピーター・ミュラン、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演で映画化する"The Claim"(2000)。
(「いつまでも二人で」プレスより引用)
 

―いつまでも二人で―

 With or Without You
(1999) on IMDb


◆スタッフ◆
 
監督   マイケル・ウィンターボトム
Michael Winterbottom
脚本 ジョン・フォート
John Forte
製作 アンドリュー・イートン、ジーナ・カーター、サンドラ・ニクソン
Andrew Eaton, Gina Carter, Sandra Nixon
撮影監督 ブノワ・ドゥローム
Benoit Delhomme
編集 トレヴァー・ウェイト
Trevor Waite
音響 エイドリアン・ジョンストン
Adrian Johnston

◆キャスト◆

ヴィンセント   クリストファー・エクルストン
Christopher Eccleston
ロージー デヴラ・カーワン
Derbla Kirwan
ブノワ イヴァン・アタル
Yvan Attal
キャシー ジュリー・グレアム
Julie Graham
サミー アラン・アームストロング
Alun Armstrong
ニール ロイド・ハッチンソン
Lloyd Hutchinson
ブライアン マイケル・リーブマン
Michael Liebman
(配給:アスミック・エース)

「このふたつの映画は、撮影も編集も同時期に行われていた。それで面白かったのは、同時に進行していながら、プロセスがまったく対照的だったということだ。『ひかりのまち』は、少人数のクルーで、撮影もセットではなかった。登場人物が多く、即興を多用し、撮り進めながらストーリーを完成させていった。 『いつまでも二人で』の場合は正反対で、しっかりした脚本があり、登場人物も少なく、内容もシンプルだ。人間関係も人工的に作り上げられていて、話の流れも因果関係がはっきりしている。だからといって、感情移入ができないかといえば、そうではない。しっかり感情移入できる作品になったと思う。この2本の映画は、私が気に入っている家族に関する物語を、異なったスタイルで描いた作品といえる」

 『いつまでも二人で』はあくまで家族を中心にしたコメディだが、筆者はウィンターボトムが、アイルランドを舞台にその現実を独特のユーモアを交えて描くような小説を映画化したら面白いのではないかと思った。そんなことを尋ねると、こんな答が返ってきた。

「アイルランドではテレビも含めていろいろな仕事をしてきたが、いまはロディ・ドイルの『A Star Called Henry』の企画に取り組んでいる。この小説は、不思議な体験をするヘンリーという人物の目を通してアイルランドの歴史を描いている。ドイルの脚本は、ユーモアにあふれながら、それがストーリーのリアリティを損ねることがない。 人物を具体的でリアルに描き、ものすごいエネルギーを感じさせると同時に可笑しくもある。そういうスタイルが一番好きなユーモアの使い方だ」

 ドイルが99年に発表したこの小説は、残念ながら筆者は未読だが、海外の書評などでフランク・マコートの『アンジェラの灰』とよく比較されているだけに、ウィンターボトムがどんな手腕を見せるのか実に楽しみである。一方、もう完成間近の彼の新作『めぐり逢う大地』は、『日陰のふたり』につづいて再びトマス・ハーディの映画化となる。彼はハーディにどのような魅力を感じているのだろうか。

「今回はハーディの作品をもとに映画を作ろうというところから始めたのではない。脚本家のフランク・ボイスと製作のアンドリュー・イートンと一緒に映画を作ろうということになり、アメリカになる前のアメリカを題材にしようということになった。ゴールドラッシュは、1849年に金が発見されたことから始まるが、その頃のカリフォルニアはアメリカの一部になったばかりで、世界中から人が集まってきていた。 つまり、当時カリフォルニアにいた人々は、アメリカ人というよりは、世界からの寄せ集めだった。彼らは一代で、アメリカになる以前と以後の両方を体験する。この映画で主人公は、金鉱の利権のために妻と娘を売り、20年後にふたりが戻ってくる。あなたが最初に質問した過去の記憶ということと関連するかもしれないが、この主人公は過去の過ちに直面することになり、なんとか自分の罪を償おうとする。 『いつまでも二人で』と同じように、自分が過去にしたことを克服できるのか、それともまったく過去には戻れないのかというようなことがテーマになっていて、それがハーディの原作の魅力になっていた」

 ということで、才人にして多作の鉄人ウィンターボトムの快進撃はまだまだつづくのである。


(upload:2001/05/17)
 
 
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