アナザーラウンド
Another Round


2020年/デンマーク=スウェーデン=オランダ/カラー/117分/1:2.0/DCP5.1ch
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(初出:『アナザーラウンド』劇場用パンフレット)

 

 

心理への洞察から人間の変容へ

 

[Story] 高校教師マーティンとその同僚3人は、ノルウェー人哲学者の理論を証明するため、仕事中にある一定量の酒を飲み、常に酔った状態を保つというとんでもない実験に取り組む。すると、これまで惰性でやり過ごしていた授業も活気に満ち、生徒たちとの関係性も良好になっていく。同僚たちもゆっくりと確実に人生が良い方向に向かっていくのだが、実験が進むにつれだんだんと制御不能になり...。

[Introduction] 2012年、マッツ・ミケルセンがカンヌ国際映画祭男優賞に輝き、アカデミー賞? 外国語映画賞にノミネートされた『偽りなき者』トマス・ヴィンターベア監督と、北欧の至宝マッツ・ミケルセン待望の再タッグが実現。同作で共演したトマス・ ボー・ラーセンラース・ランゼも再登板し、新たにコメディアンとしても活躍するマグナス・ミランが参加、デンマークを代表する名優が集まった。脚本は『偽りなき者』と同様にトビアス・リンホルムがヴィンターベア監督と共同脚本を務めるなど盤石の布陣が敷かれている。

[以下、本作のレビューになります]

 トマス・ヴィンターベア監督には、初期作品の頃に二度インタビューしたことがあり、『セレブレーション』の内容に関連する以下のような発言が特に印象に残っている。

「自慢するわけではないけど、ぼくは人の心理を読むことが得意だ。それは一軒の家に12人の人間が暮らすようなコミューンで育ったからかもしれない。 子供の頃のぼくは、大人の争いをとても怖れていて、彼らの行動や心理を観察するようになった」

 『セレブレーション』では、自殺した双子の妹とともに幼い頃に鉄鋼王の父親から性的虐待を受けていたクリスチャンが、父親の還暦を祝う席で苦痛に満ちた過去を暴露する。すると彼の姉や弟、料理人やメイドがそれに呼応し、彼らの感情が錯綜し、盛大な祝宴は真実を追求する場へと変貌を遂げていく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   トマス・ヴィンターベア
Thomas Vinterberg
脚本 トビアス・リンホルム
Tobias Lindholm
撮影 シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン
Sturla Brandth Grovlen
編集

アンネ・オーステルード&ヤヌス・ビレスコフ=ヤンセン
Anne Osterud & Janus Billeskov Jansen

 
◆キャスト◆
 
マーティン   マッツ・ミケルセン
Mads Mikkelsen
トミー トマス・ボー・ラーセン
Thomas Bo Larsen
ニコライ マグナス・ミラン
Magnus Millang
ピーター ラース・ランゼ
Lars Ranthe
アニカ マリア・ボネヴィー
Maria Bonnevie
アマリー ヘレン・ラインハルト・ノイマン
Helene Reingaard Neumann
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(配給:クロックワークス)
 

 ヴィンターベアの集団や心理に対する洞察が際立つのはデビュー作だけではない。代表作『偽りなき者』では、森に囲まれた田舎町で、幼稚園の先生ルーカスと、彼の親友の娘である園児クララのちょっとした気持ちのすれ違いから生まれた嘘が、負のスパイラルを巻き起こし、変質者の烙印を押されたルーカスがコミュニティから排除されていく。ヴィンターベアは、事件の背景に家父長制的な秩序があることも視野に入れて、主人公と住人たちの心理を鋭く読み解いている。

 そして本作でも、導入部を観ただけでそんな洞察力が駆使されていることがわかる。哲学者フィン・スコルドゥールが提唱する血中アルコール濃度0.05%の理論。それは、親しい間柄にある4人の教師が仲間の40歳の誕生日を祝う席で交わした会話の話題のひとつに過ぎなかった。ところが、主人公マーティンにとっては、そうではなかった。

 妻子との間に深い溝ができ、教師としての意欲も失い、生徒や父兄からその能力を疑問視されているマーティンには、この哲学者の理論が啓示のように響き、ひとりで実践してみる。それを知った仲間たちも、それぞれに現在の境遇について思うところがあり、4人はチームとなり、検証はどこまでもエスカレートしていく。

 しかし、本作のヴィンターベアは心理を読み解くだけでなく、そこから一歩踏み出し、特にマーティンを通して人間の変容の可能性を追求している。ではそれはどんな変容なのか。神話学者ジョーゼフ・キャンベルが、人々を魅了する英雄譚の本質に迫った『千の顔を持つ英雄』には、それを理解するためのヒントがある。英雄の冒険は、無意識が起爆剤になる。本書には、普段は気づかない無意識というものが持つ力が、以下のように魅力的に表現されている。

「しかし何かの一言や、風景の中に嗅いだ匂い、お茶のひとすすり、そして一瞬見たものが魔法のバネに触れて、それがきっかけで危険な使者が頭の中に姿を見せ始めることがある。自分自身と家族を組み入れた安全な枠組みを脅かす危険な存在だ。しかしこの危険な使者はたいへんな魅力の持ち主でもある。怖くもあるが望んでもいる自己の探求という、冒険の世界全体を開ける鍵を持ってくるのである。自らが築き上げ暮らしている世界の破壊、その一部となっている自己の破壊。しかし破壊の後には見事な再建があり、より大胆で汚れのない、より高邁で完全に人間らしい生き方が待っている」

 この記述には、マーティンに起こることがすべて集約されているといえる。きっかけとなるのはもちろんアルコールだ。安全な枠組みに組み込まれている彼は、最初、それを拒むが、魅力に抗しきれず、冒険の扉を開けて踏み出す。ただし、昔のように家族でキャンプに行くようなことは、アルコールの力を借りた見せかけの再建に過ぎない。自己を確立するためには、破壊を避けることはできない。アルコールに飲まれた彼は、まさに自らが築き上げた世界を破壊し、その後の見事な再建を、特別な力が宿ったかのような躍動するダンスがこれ以上ないくらい明確に体現している。

 ヴィンターベアは、アルコールと神話的物語を大胆に結びつけ、マーティンの変容(=イニシエーション)を鮮やかに描き出している。

《参照/引用文献》
『千の顔をもつ英雄[新訳版]』上・下 ジョーゼフ・キャンベル●
倉田真木・斎藤静代・関根光宏訳(早川書房、2015年)

(upload:2021/09/23、update:2022/04/05)
 
 
《関連リンク》
トマス・ヴィンターベア 『セレブレーション』 レビュー ■
トマス・ヴィンターベア 『ディア・ウェンディ』 レビュー ■
トマス・ヴィンターベア 『光のほうへ』 レビュー ■
トマス・ヴィンターベア 『偽りなき者』 レビュー ■
トマス・ヴィンターベア・インタビュー01 『セレブレーション』 ■
トマス・ヴィンターベア・インタビュー02 『ディア・ウェンディ』 ■

 
 
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