メキシコの新鋭ミシェル・フランコの『父の秘密』は、スウェーデン出身のリューベン・オストルンド監督の『プレイ』(2011年にTIFFで上映)と同じように、暴力に対する視点がミヒャエル・ハネケ以後を感じさせる。
ハネケ作品における暴力は、登場人物たちの行動を規定する様々なルールに基づく支配と服従の関係から放たれる。彼はそんな暴力を、モラルに縛られることなく冷徹に描き出す。ハネケ以後を感じさせる作品では、同様の視点が際立っている。
『父の秘密』の主人公は、最愛の妻であり母である女性を交通事故で亡くした親子だ。父親のロベルトと娘のアレハンドラは、メキシコシティに転居して平穏な日常を取り戻そうとする。
だが、シェフの仕事に就いたロベルトは、喪失の痛みを乗り越えることができずに空虚感にとらわれ、学校生活に慣れてきたアレハンドラは、ある週末にクラスの人気者と一夜限りの関係を持ってしまったことから、陰湿きわまりないイジメを受けるようになり、どこまでも追い詰められていく。
この映画では、同級生たちがアレハンドラの弱みにつけ込み、精神的、肉体的に虐げる様子が生々しく描き出される。しかしそれだけがハネケ的なのではない。父娘の関係に対しても独自の視点が反映されている。
たとえば、ハネケの『セブンス・コンチネント』では、商品や情報の消費を繰り返すごく普通の生活にすでに暴力が潜み、最終的に主人公となる一家が暴力で繋がっていたことが明らかにされる。
『父の秘密』は、ロベルトが修理工場で受け取った車を運転していく場面から始まるが、彼は突然、往来のある車道に車を放置したまま立ち去ってしまう。後にそれは、母親が事故死した車であることがわかる。事故は母親が娘に運転を教えているときに起こったようだが、父親も娘もそのことに対して心の整理がついているようには見えない。
父親は過去をすべて消し去ろうと躍起になり、過去が脳裏をよぎるたびに衝動的な行動に出る。娘は過去に対して異なる想いを抱いているようだが、不安定な父親に気を使い、心を閉ざしてしまう。フランコ監督は車やベッドという限定された空間を巧みに使い、それぞれの閉塞感を際立たせていく。 |