或る終焉
Chronic


2015年/メキシコ=フランス/カラー/94分/ヴィスタ/DCP
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(初出:「CDジャーナル」2016年6月号)

 

 

死に対する認識や距離が
決定的に変わるような関係/領域

 

[ストーリー] デヴィッド(ティム・ロス)は、終末期患者の看護師をしていた。 別れた妻と娘とは、息子ダンの死をきっかけに疎遠となり、一人暮らし。彼には、患者の在宅看護とエクササイズに励む以外の生活はなく、患者が望む以上に彼もまた患者との親密な関係を必要としていた。

 ある日デヴィッドは、末期がんで苦しむマーサ(ロビン・バートレット)に安楽死を幇助して欲しいと頼まれる。患者への深い思いと、デヴィッド自身が抱える暗い過去……その狭間で苦悩する彼が下した壮絶な決断とは――。[プレスより]

 2009年に長編監督デビュー、2作目の『父の秘密』がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門のグランプリに輝いたメキシコの新鋭ミシェル・フランコ。3作目となる本作『或る終焉』は、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞しています。2016年5月28日(土)、Bunkamura ル・シネマほか全国順次公開。

[以下、レビューになります]

 『父の秘密』で注目されたメキシコの新鋭ミシェル・フランコの新作『或る終焉』では、説明的な要素を削ぎ落とし、観察に徹するような独特のスタイルにさらに磨きがかけられている。主人公デヴィッドは、余命半年以内の終末期患者をケアする看護師だ。彼の仕事への熱意と献身的な姿勢は、患者との間に本当の家族以上といえるほど親密な関係を築いていく。離婚によって妻子と疎遠になり、孤独で単調な生活を送る彼もまた強い絆を必要としていた。そんな彼はある日、末期がんで苦しむ患者から安楽死の幇助を頼まれる。

 この物語は、フランコ監督が実際に目にした彼の祖母とその看護師がヒントになっている。二人は非常に親密な関係を築いていた。しかし映画には、そんなエピソードとともに、前作と結びつく関心も反映されている。

 『父の秘密』に登場する父親と娘は、それぞれに母親の事故死という悲劇を引きずり、お互いに心を開くことができず、そのすれ違いが最終的に取り返しのつかない事態を招き寄せてしまう。では、新作のデヴィッドはなぜ妻子と疎遠になったのか。そのきっかけは息子を亡くしたことだった。彼が終末期患者のケアに並々ならぬ熱意を注ぐこととその悲劇は無関係ではない。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   ミシェル・フランコ
Michel Franco
製作総指揮 ティム・ロス
Tim Roth
撮影監督 イヴ・カープ
Yves Cape
編集 Julio Perez IV
 
◆キャスト◆
 
デヴィッド   ティム・ロス
Tim Roth
ナディア サラ・サザーランド
Sarah Sutherland
マーサ ロビン・バートレット
Robin Bartlett
サラ レイチェル・ピックアップ
Rachel Pickup
ジョン マイケル・クリストファー
Michael Cristofer
バーナード デヴィッド・ダストマルチャン
David Dastmalchian
リディア ビッツィー・トルッチ
Bitsie Tulloch
-
(配給:エスパース・サロウ)
 

 但し、フランコ監督の作品ではそんな背景が詳しく描かれることはない。彼がこの新作で掘り下げようとしているのは、個人が抱える事情ではなく、より普遍的な「家族」と「死」の関係だ。

 終末期患者はなぜ自分の家族よりもデヴィッドに心を開くのか。家族と死は決して相性のよいものではない。家族が普段どおりに患者と接しようとしても、どこかで腫れ物にさわるような気遣いをしてしまうものだ。これに対してデヴィッドは、患者を生身の人間としてありのままに受け入れ、人物のリサーチもし、どこまでも一心同体になろうとする。デヴィッドの方も、家族ではないからこそ迷いなく踏み込めるのだろう。

 そして、そこに特別な関係が生まれる。この映画には、ショッキングかつ多様な解釈が可能な結末が用意されているが、フランコ監督は必ずしも解釈を求めているわけではない。彼は、死に対する認識や距離が決定的に変わるような関係や領域が間違いなく存在することを明らかにしようとしているのだ。


(upload:2016/10/23)
 
 
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