ヒロインのエリカは、ピアニストになるために子供の頃から母親の厳格な指導と管理のもとにおかれてきた。しかし、コンサート・ピアニストになるという母娘の夢は叶えられず、エリカは自責の念に駆られながらも、ウィーン国立音楽院のピアノ教授をつとめている。
母親と二人で暮らすエリカは、いまだに彼女を束縛しつづける母親から逃れるため、ポルノ・ショップに通い、覗きに耽っている。そんな彼女は、ピアニストとしての才能に満ちた工学部の学生ワルターと出会い、心が揺れだす。
スタンリー・キューブリックはその作品のなかで、マチズモ(男性優位主義)がいかに制度化され、男たちの本能や欲望を規定し、そして女の前にそのもろさを露呈するかを描いてきた。挑発的なスタイルで異彩を放つミヒャエル・ハネケ監督のこの新作では、エリカという女を主人公に、そのマチズモという主題が掘り下げられていく。
厳格な母親のもと、異性との交際も含めすべてを捨ててピアノだけに打ち込んできたヒロインは、精神的には完全な男である。クラシック界のマチズモ的な制度が、彼女の欲望を規定しているのだ。彼女は男として、ポルノ・ショップの個室を利用する。男女のカーセックスを覗いていた彼女が、興奮して放尿するのは射精の代用行為である。彼女は自分の肉体を嫌悪し、密かに傷つけるが、母親がそれを生理と誤解するエピソードは、もはや皮肉を通り越している。
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