ピアニスト
LA PIANISTE


2001年/フランス=オーストリア/132分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:「eiga.com」2001年12月27日更新号、加筆)

 

ヒロインを通して浮き彫りにされるマチズモの呪縛

 


  ヒロインのエリカは、ピアニストになるために子供の頃から母親の厳格な指導と管理のもとにおかれてきた。しかし、コンサート・ピアニストになるという母娘の夢は叶えられず、エリカは自責の念に駆られながらも、ウィーン国立音楽院のピアノ教授をつとめている。

 母親と二人で暮らすエリカは、いまだに彼女を束縛しつづける母親から逃れるため、ポルノ・ショップに通い、覗きに耽っている。そんな彼女は、ピアニストとしての才能に満ちた工学部の学生ワルターと出会い、心が揺れだす。

 スタンリー・キューブリックはその作品のなかで、マチズモ(男性優位主義)がいかに制度化され、男たちの本能や欲望を規定し、そして女の前にそのもろさを露呈するかを描いてきた。挑発的なスタイルで異彩を放つミヒャエル・ハネケ監督のこの新作では、エリカという女を主人公に、そのマチズモという主題が掘り下げられていく。

 厳格な母親のもと、異性との交際も含めすべてを捨ててピアノだけに打ち込んできたヒロインは、精神的には完全な男である。クラシック界のマチズモ的な制度が、彼女の欲望を規定しているのだ。彼女は男として、ポルノ・ショップの個室を利用する。男女のカーセックスを覗いていた彼女が、興奮して放尿するのは射精の代用行為である。彼女は自分の肉体を嫌悪し、密かに傷つけるが、母親がそれを生理と誤解するエピソードは、もはや皮肉を通り越している。


◆スタッフ◆

監督/脚本
ミヒャエル・ハネケ
Michael Haneke
原作 エルフリーデ・イェリネク
Elfride Jelinek
撮影 クリスティアン・ベアガー
Christian Berger
編集 モニカ・ヴィッリ
Monika Willi

◆キャスト◆

エリカ・コユット
イザベル・ユペール
Isabelle Huppert
ワルター・クレメール ブノワ・マジメル
Benoit Magimel
アニー・ジラルド
Annie Girardot
(配給:日本ヘラルド映画)
 


 監督のハネケは、そんなエリカの二重生活や初めての恋愛体験を、独特のユーモアも交えた繊細で大胆なスタイルで描き、性と制度の相克を浮き彫りにする。

 ヒロインを想う若者ワルターが弾くピアノは、彼女のなかの女を揺り動かし、彼女は化粧もするようになる。しかし肉体で愛し合うことは音楽に感応することとはまったく違う。若者に身を委ねる以前に、彼女のなかの男が女としての肉体を縛るのだ。彼女は母親と同じベッドで寝ているが、心と肉体のバランスが揺らぎだした彼女は、ある晩ふいに母親にのしかかる。それは、母親への愛情を示すのではなく、自分が男であることを確認しようとする気持ちを暗示している。

 エリカとワルターは、支配と服従の関係が複雑に入り組み、皮肉な転倒を見せる泥沼に引きずり込まれていく。エリカがワルターに渡した手紙には、彼女のマゾヒスティックな願望が延々としたためられているが、それは必ずしも彼女の本心といえるものではない。

 ワルターを思うがゆえに、何とか女になろうとする彼女が、拭いきれない男の視点から想定した願望がそこに表されているのだ。ワルターは彼女への愛ゆえに、手紙のなかの望みに答える。それは言葉には表現しがたい悲痛な光景だ。そして、ピアニスト=男の死を象徴する残酷で美しいラストが鮮烈な印象を残すのである。


(upload:2002/05/02)
 

《関連リンク》
『隠された記憶』(2005)レビュー ■
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