FORMA [フォルマ]
FORMA


2013年/日本/カラー/145分/ステレオ/HD
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(初出:)

 

 

日本の日常を切り裂くポスト・ハネケ的な暴力

 

[ストーリー] ある日、高校の同級生だった保坂由香里と金城綾子は、9年ぶりに再会した。綾子は警備員をしていた由香里を自分の会社に誘い、由香里は綾子の会社で働くようになった。しかし、綾子は徐々に由香里に冷たくなり、奇妙な態度を取りはじめる。次第に追いつめられる由香里。綾子には、ある思いがあった。積み重なった憎しみが、綾子の心の闇を深くする。ある思いを確認するため、綾子は由香里を呼び出す。交錯する、それぞれの思い――。憎しみの連鎖は、どのような結末を迎えようとしているのか。[プレスより]

 坂本あゆみ監督の長編デビュー作『FORMA [フォルマ]』(13)を観ながら、筆者の頭に最初に思い浮かんだのは、メキシコの新鋭マイケル・フランコ監督の『父の秘密』(12)のことだった。そのレビューで筆者は、この映画が、スウェーデンのリューベン・オストルンド監督の『プレイ』(11)と同じく、暴力のとらえ方にミヒャエル・ハネケ以後を感じさせるものがあると書いた。

 『FORMA』の世界もハネケ以後を感じさせる。しかしそれだけではなく、『父の秘密』とこの映画の設定には、非常によく似た部分がある。

 『父の秘密』の主人公は、最愛の妻であり母である女性を交通事故で亡くした親娘だ。父親のロベルトと娘のアレハンドラは、メキシコシティに転居して平穏な日常を取り戻そうとする。だが、シェフの仕事に就いたロベルトは、喪失の痛みを乗り越えることができずに空虚感にとらわれ、学校生活に慣れてきたアレハンドラは、ある週末にクラスの人気者と一夜限りの関係を持ってしまったことから、陰湿きわまりないいじめを受けるようになり、どこまでも追い詰められていく。


◆スタッフ◆
 
監督/原案   坂本あゆみ
Ayumi Sakamoto
脚本 仁志原了
撮影監督 山田真也
 
◆キャスト◆
 
保坂由香里   松岡恵望子
金城綾子 梅野渚
長田修 ノゾエ征爾
金城利隆 光石研
-
(配給:kukuru株式会社)
 

 『FORMA』に登場する綾子は、父親との二人暮らしで、この父娘の関係が物語の鍵を握る。母親はだいぶ前に家を出てしまったらしく、その不在が、父親と娘の感情のズレ、溝を生み出している。そして、そんな父娘の軋轢と由香里が無関係ではないことがやがて明らかになる。さらに細かいことをいえば、登場人物の孤独や孤立を表現するために、人物とベッドという構図を多用することも、2本の映画の空気を似たものにしているといえる。

 ハネケの作品では、登場人物のあいだに支配と服従の関係が浮かび上がり、暴力的な繋がりがモラルに縛られることなく、冷徹に描き出される。『父の秘密』にはスクール・カーストがあり、父親がシェフとして働く職場における上下関係があった。『FORMA』では、会社の上下関係が際立つ。綾子は由香里を幼なじみの友だちとして自分が働く会社に誘うように見えるが、実際に由香里が働きだすと上司と部下の関係で彼女を縛り、陰湿ないじめを繰り返すようになる。

 また、『FORMA』は、リューベン・オストルンドの『プレイ』とも共通点がある。それはカメラワークだ。『プレイ』は、モールの広場における白人少年と黒人少年のグループのやりとりをロングショットでとらえる映像から始まる。『FORMA』でも、ロングショットやミドルショットが効果的に使用され、登場人物たちの関係や感情が炙り出されていく。

 話は『父の秘密』と『FORMA』の接点に戻るが、どちらの映画も終盤で陰湿ないじめから物理的な暴力へとエスカレートする。父娘の関係でいえば、娘は激しい暴力に晒され、その結果が父親に重くのしかかる。そしてどちらもエンディングから前半を振り返らざるをえなくなる。

 『父の秘密』の父親は過去をすべて消し去ろうと躍起になり、過去が脳裏をよぎるたびに衝動的な行動に出る。娘は過去に対して異なる想いを抱いているようだが、不安定な父親に気を使い、心を閉ざしてしまう。たとえば父親が、ある日突然、娘の髪が異様に短くなっていることに疑問を抱けば、未来は変わっていたかもしれない。だが、心のすれ違いが取り返しのつかない事態を招いてしまう。

 『FORMA』では、終盤にエスカレートする物理的な暴力が24分間の長回しで浮き彫りにされる。その映像は圧巻だが、筆者はやはりそこから振り返らざるをえなくなる前半が怖いと思う。この映画は大きく前半と後半に分けられ、前半ではドラマが淡々と進み、後半では時間軸の操作によって絡み合った関係が24分間に凝縮される。

 そんな後半は、前半で描かれたドラマの意味を変えてしまう。自宅で夕飯の支度をする綾子が、父親との会話のなかでさり気なく由香里の名前を口にすること、ささやかな同窓会を装って由香里を自宅に招こうとすることなどが、異様な緊張をはらむ。一方、父親は娘が突然見せる涙に、ただ立ち尽くすことしかできない。

 『父の秘密』と同じように、私たちはこの父娘が、基本的な関係性を構築する基盤を見失い、お互いに相手の退路を断ってしまうような悪循環を生み出していたことに気づく。結果からいえばそれもまた暴力であり、父娘は暴力で繋がっていたことになる。


(upload:2014/08/02)
 
 
《関連リンク》
マイケル・フランコ 『父の秘密』 レビュー ■
リューベン・オストルンド 『プレイ』 レビュー ■
ミヒャエル・ハネケ 『愛、アムール』 レビュー ■
ミヒャエル・ハネケ 『白いリボン』 レビュー ■
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