イマジン
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(2012) on IMDb


2012年/ポーランド=ポルトガル=フランス=イギリス/カラー/105分/デジタル
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(初出:「CDジャーナル」2015年4月号、加筆)

 

 

エコーロケーション(反響定位)が象徴するもの
現状を打破するために必要な嘘と想像力と観察力

 

[ストーリー] ポルトガルのリスボンにある視聴覚障害者のための施設。そこでは古い修道院に無償で場所を借り、世界各国から集まった患者たちに治療やトレーニングが行なわれている。そこにイアンという盲目の男がやって来る。彼は盲目の子供たちにエコーロケーション(反響定位)の方法を教えるインストラクターで、指や舌を鳴らすことで起こる反響を通して周囲の環境を把握し、白杖なしで移動する。

 子供たちは好奇心を刺激する彼の授業に次第に熱中していく。そして、イアンの隣室に暮らし、部屋に籠もって心を閉ざしていた成人女性エヴァも独自の指導に興味を覚え、彼に導かれて施設の外へと踏み出す。だが、イアンの方法は、生徒たちの安全を第一に考える施設にとって、懸念すべき問題になっていく。[プレス参照]

 ポーランドの異才アンジェイ・ヤキモフスキ監督の新作『イマジン』は、リスボンにある視聴覚障害者のための施設に、イアンという盲目の男がやって来るところから始まる。彼は盲目の子供たちに“エコーロケーション(反響定位)”の方法を教えるインストラクターで、指や舌を鳴らすことで起こる反響を通して周囲の環境を把握し、白杖なしで移動する。子供たちは好奇心を刺激する彼の授業に熱中し、部屋に籠もって心を閉ざしていた成人女性エヴァも興味を覚え、彼に導かれて施設の外へと踏み出す。

 ヤキモフスキの監督作は、『目を細めて』(03)、『トリック』(07)に続いてこれが3作目になるが、異なる設定から一貫した主張が浮かび上がってくるところがとにかく素晴らしい。その主張とは、現状を打破するためにはある程度のリスクを覚悟すると同時に、闇雲に行動に出るのではなく洞察力や観察力を身につけなければならないということだ。

 『目を細めて』では、共産主義時代の遺物である廃農場の管理人となった元教師のもとに、両親と折り合えないかつての教え子だった少女が転がり込む。都会で裕福な生活を送る彼女の両親は資本主義の象徴であり、少女にとって廃農場はアジール(解放区)になる。だがもちろん、そこに逃避するだけでは問題は解決しない。彼女は自然に囲まれた生活のなかで、タイトルが示唆する観察力を養い、心のなかにアジールを切り拓き、自分の道を歩み出すことになる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アンジェイ・ヤキモフスキ
Andrzej Jakimowski
撮影監督 アダム・バイェルスキ
Adam Bagerski
編集 ツェザルィ・グジェシュク
Cezary Grzesiuk
音楽 トマシュ・ゴンソフスキ
Tomasz Gassowski
 
◆キャスト◆
 
イアン   エドワード・ホッグ
Edward Hogg
エヴァ アレクサンドラ・マリア・ララ
Alexandra Maria Lara
セラーノ メルキオール・ドルエ
Melchior Derouet
ベドロス医師 フランシス・フラパ
Francis Frappat
ブラザー・ウンベルト ジョアン・ラガルト
Joao Lagarto
管理人 フィゲイラ・シッド
Figueira Cid
ジョゼ ジョアン・ヴァス
Joao Vas
マリオ パブロ・マルテル
Pablo Malter
-
(配給:マーメイドフィルム)
 

 『トリック』では、母親と姉と暮らす少年が、駅である男性を見かけ、記憶はないものの一家を捨てた父親だと確信し、様々なトリックを仕掛けて彼を母親のもとに誘導しようとする。この映画でも少年の大胆な行動とともに観察力が強調される。彼は、老人が飼う鳩の群れが、老人が指を鳴らせば飛び立つのに、自分がやっても反応がないことにこだわり、観察によって鳩を飛ばせるようになる。

 そんな『目を細めて』『トリック』で、主人公が打破する必要に迫られる現状とは、共産主義から資本主義へと移行した社会だった。『目を細めて』の少女は、資本主義の世界で自分なりに生きるヒントをつかむ。『トリック』では、少年の行動と試行錯誤が、資本主義への移行によって活力を失いかけた田舎町に求心力を生み出していく。

 これに対して『イマジン』では、より普遍的な地平でそんな独自の世界観が浮き彫りにされていく。登場人物たちは、イアンに刺激され、闇の世界を打破しようとする。できることなら白杖なしで外の世界を歩きたい。だが、それを実行するにはリスクが伴い、聴力を駆使した鋭い観察が要求される。

 そんなドラマはまさにヤキモフスキの世界だが、この映画にはもうひとつ、見逃せない要素がある。それはイアンが真実に紛れ込ませる嘘だ。エヴァは、イアンが窓辺に鳥を呼び寄せる音をきっかけに彼に関心を持つが、実はそこに鳥はいない。イアンはあたかもそこに鳥がいるような音を作っている。それでも嘘から広がる想像が観察の原動力になっていく。

 それだけではない。この映画の後半では、すぐ近くに港があり、大型の客船が停泊しているというイアンの言葉が、本当かどうかが問題になる。その答えを自分で確かめられなければ、目の見える人間に聞けばいいと思うかもしれない。しかし、目が見えるからといってすべてが見えているとは限らない。盲目の人間の方が、エンジン音や潮の匂いをとらえる聴覚や嗅覚が研ぎ澄まされているかもしれない。

 さらにそれを突き詰めると、真実とはなにかという疑問も生まれる。私たちは、あまりにも視覚に支配されすぎているのではないか。R・マリー・シェーファーは『世界の調律――サウンドスケープとはなにか』のなかでこのように書いている。「西洋においては、ほぼルネサンス期に、印刷技術と遠近法の発達と共に、耳は目にその最も重要な情報収集器としての地位を譲り渡した」

 さらにシェーファーは、J・C・Carothersの“Culture, Psychiatry, and the Written Word”から、以下のような文章を引用している。「農村地帯のアフリカ人は、おもに音の世界に生きている。その世界とは、そこに住む人間がある音を聞いた場合、その音が直接彼自身に関わる意味を持っているような世界である。それに反し、西欧の人間は、彼自身とは概して関わりのない視覚的世界に住んでいる。……西欧では音のこうした意味の大部分が失われている。西欧では、人は音を全く気にしない驚くべき能力を持つことが多いし、また持たねばならないのである」

 私たちは目に見える真実に縛られる必要はない。ヤキモフスキ監督にとって重要なのは、“心の目”に見えるものであり、それはリスクを伴う行動と鋭い観察力がないと見えてこないものなのだ。

エコーロケーション(反響定位)に興味をお持ちの方は、ヤナ・ヴィンデレン『アウト・オブ・レンジ』アンドリュー・バード『エコーロケーションズ:キャニオン』をチェックされると、より想像が広がるかもしれません。

《参照/引用文献》
『世界の調律―サウンドスケープとはなにか』R・マリー・シェーファー●
鳥越けいこ他訳(平凡社、1986年)

(upload:2015//)
 
 
《関連リンク》
アンジェイ・ヤキモフスキ 『トリック』 レビュー ■
アンジェイ・ヤキモフスキ 『目を細めて』 レビュー ■
ミロスラヴ・スラボシュピツキー 『ザ・トライブ』 レビュー ■
マチェイ・ピェブシツア 『幸せのありか』 レビュー ■
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『パプーシャの黒い瞳』 レビュー
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