トリック
Sztuczki / Tricks  Sztuczki
(2007) on IMDb


2007年/ポーランド/カラー/94分/ヴィスタ/ドルビーSR
line
(初出:)

 

 

リスクを背負い、観察力を研ぎ澄ます
自分と家族の運命を変えるための魔法

 

[ストーリー] 6歳の少年ステフェクは、母親と年の離れた姉エルカとワルシャワ郊外の田舎町で暮らしている。彼には自分たちを捨てて出ていった父親の記憶はないが、姉からもらった落書きだらけの父親の写真を大事にしている。ある日、駅でひとりの男性を見かけたステフェクは、父親に違いないと確信し、様々なトリックを仕かけて彼を母親のもとに誘導しようとするが――。

 ポーランドの異才アンジェイ・ヤキモフスキの長編第2作『トリック』(07)には、デビュー作『目を細めて』(03)で示された人生哲学が、実に見事に引き継がれている。

 『目を細めて』の舞台は、ポーランドの僻地にある共産主義時代の遺物の廃農場で、都会の生活に疲れた元教師が番人をしている。そこにかつての教え子だった10歳の少女が転がり込んでくる。彼女は都会で裕福な生活を送る両親と折り合えずに家出し、廃農場で元教師やそこに集まる変わり者たちと過ごすことになる。

 少女は現状を打破するために、直接行動に出た。しかし、廃農場というアジール(解放区)に逃げ込んだからといって問題が解決するわけではない。少女は、自然に囲まれ、時間がゆったりと流れる農場で過ごすうちに、観察力や想像力を身につけていく。そして、自分のなかにアジールを切り拓く。

 『トリック』のドラマを興味深いものにしているのは、ステフェクと姉の考え方の違いだ。ステフェクは問題を解決するのに、常に直接行動に出ようとする。これに対して、姉は観察力を働かせ、自分以外の力を活用しようとする。

 たとえば、ステフェクはハンバーガーを食べ終えた後でゴミを公園の屑入れに投げ込む。姉は残ったハンバーガーが入った袋を屑入れの外に置く。するとそれが人から人へと渡り、中身も処理されて、最終的に屑入れに収まる。リンゴがさっぱり売れない露天商を見かけたとき、ステフェクは自分でリンゴを買うが、姉はあるマジックで完売に導く。

 この映画ではそんなやりとりが、父親らしき人物を誘導する方法に影響を及ぼしていく。ステフェクが徐々に観察力を身につける様子は、鳩のエピソードを通して表現される。彼は、老人が飼う鳩の群れが、老人が指を鳴らせば飛び立つのに、自分がやっても反応がないことにこだわり、観察と試行錯誤を繰り返していく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アンジェイ・ヤキモフスキ
Andrzej Jakimowski
撮影 アダム・バイェルスキ
Adam Bagerski, Pawel Smietanka
編集 ツェザルィ・グジェシュク
Cezary Grzesiuk
音楽 トマシュ・ゴンソフスキ
Tomasz Gassowski
 
◆キャスト◆
 
ステフェク   ダミアン・ウル
Damian Ul
エルカ エヴァリナ・ヴァレンジャク
Ewelina Walendziak
イエジー ラファウ・グジニチャク
Rafal Guzniczak
母親 イヴァナ・フォルナルチック
Iwona Fornalczyk
父親(?) トマシュ・サプリック
Tomasz Sapryk
Violka Joanna Liszowska
Homeless Andrzej Golejewski
-
(配給:)
 

 現状を打破するためには、ある程度のリスクを覚悟する必要があるが、闇雲に行動するのではなく、観察力を働かせる必要がある。旺盛な好奇心からそんな考え方を自然に身につけたステフェクは、大胆な行動と観察と巡り合わせによって、自分と家族の運命を変えていくことになる。

 そんなドラマには、ポーランド社会に対するヤキモフスキの視点も盛り込まれているように思える。姉はレストランで働きながら、せっせとイタリア語を習い、外資系の会社に就職しようと奮闘している。そこには、グローバリゼーションが垣間見える。その一方で、ステフェクが仕かけるトリックに誘導される父親らしき人物のなかには、自分が暮らした田舎町やコミュニティの記憶がよみがえってくる。

 この映画には、過去も踏まえ、未来に向かって現実を再構築しようとする狙いが埋め込まれている。だからひどく寂れたように見えた田舎町が、次第に生気を取り戻していくように見えるのだ。


(upload:2015/03/10)
 
 
《関連リンク》
アンジェイ・ヤキモフスキ 『イマジン』 レビュー ■
アンジェイ・ヤキモフスキ 『目を細めて』 レビュー ■
マチェイ・ピェブシツア 『幸せのありか』 レビュー ■
パヴェウ・パヴリコフスキ 『イーダ』 レビュー ■
イエジー・スコリモフスキ 『エッセンシャル・キリング』 レビュー ■
ヨアンナ・コス=クラウゼ、クシシュトフ・クラウゼ 『救世主広場』 レビュー ■
クシシュトフ・クラウゼ 『借金』 レビュー ■

 
 
 
amazon.comへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp