ポーランドの僻地にある廃農場。ヤシェクはかつて都会で教師をしていたが、慌しい生活に疲れ、廃農場の番人になった。そこに教師時代の教え子だった10歳の少女マーラが転がり込んでくる。彼女は都会で裕福な生活を送る両親と折り合えず、家出してきたのだ。そんな反抗的な娘を連れ戻すために両親も農場にやって来るが、彼女は居座りつづける。
ポーランドの新鋭アンジェイ・ヤキモフスキ監督の長編デビュー作『目を細めて』(03)では、ドラマのなかでなにか劇的な出来事が起こるわけではない。この映画でまず印象に残るのは、夏の陽ざしや廃農場を取り巻く風景であり、光や空気の変化にあらわれる時間の流れだ。青空が眩しく、緑が照り映える。雷雲が近づいてくるときには、空気の変化まで感じられそうだ。
特にやることもなく、時間に追われてもいない登場人物たちは、そんな自然のサイクルのなかにいる。ヤシェクとマーラ、そしてギリシャの詩に馴染むエウゲニウスと地元の暇人のソスノフスキは、サッカーをしたり、バイクを乗り回したり、風景を眺めながら話をする。ときにはヤシェクの昔の友人、シティ・スリッカーたちが押し寄せてきて、ダンス・パーティを開いて盛り上がる。
そこには滑稽なエピソードも盛り込まれている。娘を連れ戻しにきた母親が、ドラム缶の焼却炉のまわりをうろつくうちに、彼女のサマードレスに火が燃え移る。ヤシェクは一瞬にしてそのドレスを剥ぎ取り、水につける。母親は、びしょ濡れで原形をとどめているとはいえないドレスを慌てて身につけ、背中やお尻を晒して去っていく。
しかし、このドラマからは様々なことを読み取ることができる。廃農場は共産主義時代の遺物であり、裕福なマーラの両親は資本主義や物質主義を象徴している。マーラはそんな世界を拒み、家出してきたが、廃農場というアジール(解放区)に逃げ込むことが問題の解決になるわけではない。 |