救世主広場
Plac Zbawiciela / Saviour Square  Plac Zbawiciela
(2006) on IMDb


2006年/ポーランド/カラー/105分/
line
(初出:)

 

 

資本主義の非情で不条理な洗礼を受け
悪夢のスパイラルに陥っていく家族

 

[ストーリー] 建築中のマンションを購入した若い夫婦バルテクとベアタが、新居が完成するまでのしばらくの間、ふたりの幼い息子たちとともに、夫の母親テレサのもとに仮住まいする。ところが、デベロッパーが倒産し、夫婦は新居も購入に費やした大金も失ってしまう。母親のアパートは、三世代が暮らすには手狭で、独善的なテレサと苦境を乗り越えようとするベアタの間に対立が起こり、一家は悲劇的な結末へと突き進んでいく。

 実話に基づくクシシュトフ・クラウゼ監督の『借金』(99)では、共産主義から資本主義へと移行したポーランド社会のなかで、起業家を目指すふたりの若者が、人の弱みにつけ込んで金を搾り取るギャングに出会ってしまい、悪夢のスパイラルへとエスカレートしていった。同じく実話にインスパイアされたこの『救世主広場』(06)にも、共通するテーマが引き継がれている。

 筆者は『借金』のレビューで、この映画とダニー・ボイルの『シャロウ・グレイヴ』(95)と結びつけたが、『救世主広場』にも注目すべき接点がある。どちらの映画でも、閉ざされた空間のなかで、主人公たちの感情や利己的な性格が露になっていく。しかもこの映画の方が、その空間がより深い意味を持っている。

 『シャロウ・グレイヴ』の場合は、サッチャリズムを象徴するような同世代の3人の若者たちの欲望や性格が暴き出される。この映画の場合は、若い夫婦と夫の母親が主人公になることで、閉ざされた空間が社会の縮図になる。彼らの違いは世代だけではない。テレサやバルテクが都会人であるのに対して、ベアタは地方の農家の出身であることも、ドラマに反映されている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ヨアンナ・コス=クラウゼクシシュトフ・クラウゼ
Joanna Kos-Krauze, Krzysztof Krauze
撮影 ヴォイチェフ・スタロン
Wojciech Staron
編集 クシシュトフ・シュペトマンスキ
Krzysztof Szpetmanski
音楽 Pawel Szymanski
 
◆キャスト◆
 
Beata   ヨヴィタ・ブドニク
Jowita Budnik
Bartek Arkadiusz Janiczek
Teresa Ewa Wencel
Dawid Dawid Gudejko
Adrian Natan Gudejko
Edyta Beata Fudalej
Ola Malgorzata Rudzka
Hania Zina Kerste
-
(配給:)
 

 さらに、もうひとつ注目しなければならないのが、この作品からクシシュトフ・クラウゼのパートナーであるヨアンナ・コスが共同監督を手がけていることだ。『借金』のドラマでも、ふたりの若者とそれぞれの恋人の関係を通して、男性優位社会を垣間見ることができたが、この映画では、それがより重要な位置を占めている。

 テレサはかつて夫の暴力に苦しめられたらしい。おそらくそんな過去が彼女の性格に影響を及ぼしている。自分でも仕事を持つテレサは、すべてに自分を優先し、ベアタを縛り付けていく。バルテクは自分の仕事や新たに始めたいと思っている事業のことしか頭になく、また母親から自分と父親が同様の人間のように見られることに苛立つ。息子たちの面倒を見なければならないベアタには、選択肢が限られている。仕事をしようにも義母の協力は得られず、友だちを招くことも許されない。

 『借金』は、警察がヴィスワ川から2体の遺体を引き上げるところから始まり、時間をさかのぼって主人公たちの運命が描き出された。『救世主広場』では、電話に出たテレサが嫁と孫たちに尋常ならざることが起こったのを知り、泣き崩れるところから始まり、時間をさかのぼる。ふたりの監督は、ドキュメンタリーのような生々しさで、救いのない悲劇に至る悪夢のスパイラルを浮き彫りにしている。

▼クシシュトフ・クラウゼ監督の遺作『パプーシャの黒い瞳』予告


(upload:2015/03/01)
 
 
《関連リンク》
ヨアンナ・コス=クラウゼ、クシシュトフ・クラウゼ
『パプーシャの黒い瞳』公式サイト
ヨアンナ・コス=クラウゼ、クシシュトフ・クラウゼ
『パプーシャの黒い瞳』 レビュー
■
クシシュトフ・クラウゼ 『借金』 レビュー ■
人と人の繋がりが世界を変えていく――『サムサッカー』
『ワールド・トレード・センター』『レディ・イン・ザ・ウォーター』
『ニキフォル 知られざる天才画家の肖像』をめぐって
■
サッチャリズムの現実を対極から描くボイルとローチ
――『シャロウ・グレイヴ』『トレインスポッティング』
『大地と自由』をめぐって
■
サッチャリズムとイギリス映画――社会の急激な変化と映画の強度の関係 ■

 
 
amazon.comへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp