アウト・オブ・レンジ / ヤナ・ヴィンデレン
Out of Range / Jana Winderen (2014)


 
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(初出:)

 

 

人間中心主義、あるいは視覚中心主義から脱却し
普段は聴こえない音を通してこの世界を感知する

 

 ノルウェー出身のサウンド・アーティスト/プロデューサー/キュレーター/ディレクター、ヤナ・ヴィンデレン(Jana Winderen)は、最新のテクノロジーを駆使して大自然のなかの目には見えない深みをリサーチし、フィールド・レコーディングを行う。さらに、その音源を使って作曲し、非常にユニークなサウンドスケープを生み出す。

 ヴィンデレンは、1984年から89年にかけてオスロの大学で、数学、化学、魚類生態学を学び、その後、ロンドンのゴールドスミス・カレッジでファイン・アートを学んでいる。科学的な視点とアーティスティックな感性が結びついた彼女の作品は、そんな背景とも無関係ではない。

 2011年の作品『Energy Field』では、4年に渡ってグリーンランド、アイスランド、ノルウェー、バレンツ海を踏査し、氷河のクレバスの深部やフィヨルド、外洋でフィールド・レコーディングを行って得た音源が使用されていた。海洋生物は音を使って環境に適応し、音でコミュニケーションする。彼女が関心を持っていたのは、海中という音の世界、見ることはできないが、音で感知することができる世界だった。

 『Energy Field』には、甲殻類やタラ、ポラック、ニシンなどの摂食、求愛、環境への適応にまつわる興味深い音が収められている。しかし、これはあくまで作曲というプロセスを経た作品なので、音源がそのまま再生されるわけではない。海中で採取された音だけではなく、ワタリガラスや犬の鳴き声、吹きすさぶ風、寄せては返す波、氷河の下を流れる水、崩落する氷河など、彼女を取り巻く環境が奏でる様々な音がミックスされていた。


◆Jacket◆
 
◆Track listing◆

01.   Out of Range

◆Personnel◆

Jana Winderen

(Touch)
 
 
 

 新作『Out of Range』は、コウモリやイルカ、その他の生き物たちが使う超音波やエコーロケーション(反響定位)を音源として作り上げられた作品だ。昆虫、鳥、魚、哺乳類のなかには、コミュニケーションや狩り、環境への適応のために超音波を発し、感知する。もちろん、超音波は私たちには聴こえないが、タイムストレッチ機能で調整され、それを聴くことができる。

 今回のフィールド・レコーディングは、ニューヨークのセントラル・パークやイースト・リバー、ロシアのカリーニングラード辺境の森、ロンドンのリージェンツ・パーク、マデイラ、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンの様々な地域と非常に多岐にわたっている。しかもそのなかには、『Energy Field』の海中よりもはるかに身近な場所も含まれている。

 このアルバムでは、雷鳴や雨、水の流れといった私たちが認知できる音と、普段は聴くことができない音が複雑に入り混じっている。聴こえないものは、私たちの日常では、見えないものであり、存在しないものに等しい。しかし、人間中心主義を脱却し、他の生き物たちが発する音を感知すれば、そこにまったく違った世界が広がることだろう。

 筆者はこのアルバムを聴きながら、ともに映像作家であると同時に人類学者でもあるルーシァン・キャステーヌ=テイラーとヴェレナ・パラヴェルの二人が作り上げたドキュメンタリー『リヴァイアサン』のことを思い出していた。

 この映画は、彼らが巨大な底引網漁船に乗り込んで撮影した映像がもとになっているが、ただ過酷な操業を映し出すわけではない。彼らは、小型カメラ「GoPro」を駆使して、人間の視野の外から世界をとらえようとする。

 人間の常識ではありえない場所にカメラが据え付けられ、複数の視点から操業をめぐる世界が生々しく映し出される。私たちは、黒々として不気味にうねる大海原を溺れるように浮き沈みし、網に捕らえられ塊となって引き上げられていく無数の魚や獲物をかぎつけて上空を飛び回るカモメの群れと視点を共有する。さらに、魚を選り分けて手際よくさばいていく漁師の身体や甲板に放り出されて海水に洗われる魚にも異様に接近する。

 同じように『Out of Range』では、コウモリやイルカと音を通して空間を共有し、新たな観点から自分が生きる世界を見直すことになる。


(upload:2014/10/21)
 
 
《関連リンク》
Jana Winderen official site
ヤナ・ヴィンデレン 『Energy Field』 レビュー ■
アンドリュー・バード 『エコーロケーションズ:キャニオン』 レビュー ■
リチャード・スケルトン 『Landings』 レビュー ■
ルーシァン・キャステーヌ=テイラー、ヴェレナ・パラヴェル
『リヴァイアサン』 レビュー
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