“モザイク”と呼ばれるカナダの多文化主義の独自性と功罪
――『モザイクの狂気』とキラン・アルワリアと『灼熱の魂』をめぐって


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(初出:Into the Wild 2.0 | 大場正明ブログ、2012年2月24日更新)
 

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 自分の名前をアルバム・タイトルにした『Kiran Ahluwalia』(05)では、カナダのケープ・ブルトン出身で、スコットランドやアイルランドの文化や伝統を継承するフィドラー、ナタリー・マクマスターを、『Wanderlust』(07)では、ポルトガルのファドのギタリスト、ホセ・マヌエル・ネト(Jose Manuel Neto)とベーシスト、リカルド・クルス(Ricardo Cruz)を、最新作『Aam Zameen:Common Ground』(11)では、アフリカから“砂漠のブルース”を代表するティナリウェンとその弟分のテラカフトを迎え、ハイブリッドでグローバルなサウンドスケープを切り拓いている。

 そんなアルワリアの世界には、「モザイク」モデルのカナダ多文化主義のよい面が表われているといってもよいだろう。

 しかし、先述したように多文化主義のヴィジョンには曖昧なところがあり、理想を実現するために乗り越えなければならない課題が明確になっている。そのひとつが相対主義だ。異なる見解に対して、どちらも同等の価値があるとみなすため、よりよいものを選択できなくなるような相対主義が蔓延する。『モザイクの狂気』では、以下のように説明されている。

我々は、可能な選択による得失を注意深く調べ、それから、勇気を持って実際に何が「最善」であるかを提案するよりもむしろ、代わりに安易な道を取る。我々は宣言する――多元主義のお墨付きをもって――教養があり、啓発された、洗練されたカナダ人は、ほぼ何事にも寛大であり、何事に関してもめったに立場を明らかにしない人々であることを

 カナダのケベック州出身の異才ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『灼熱の魂』は、そんな課題や現実を踏まえてみると、その独特の構成や結末がより興味深く思えてくる。

―灼熱の魂―
 
◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ドゥニ・ヴィルヌーヴ
Denis Villeneuve
原作(戯曲) ワジディ・ムアワッド
Wajdi Mouawad
撮影 アンドレ・トゥルパン
Andre Turpin
編集 モニック・ダルトンヌ
Monique Dartonne
音楽 グレゴワール・ヘッツェル
Gregoire Hetzel
 
◆キャスト◆
 
ナワル・マルワン   ルブナ・アザバル
Lubna Azabal
ジャンヌ・マルワン メリッサ・デゾルモー=プーラン
Melissa Desormeaux-Poulin
シモン・マルワン マキシム・ゴーデット
Maxim Gaudette
公証人ジャン・ルベル レミー・ジラール
Remy Girard
-
(配給:アルバトロス・フィルム)
 

 この映画は冒頭から私たちを謎めいた状況に引き込む。物語は主人公である初老の中東系カナダ人女性ナワルの死から始まる。双子の姉弟は急逝したこの母親の遺言に戸惑う。世間に背を向け、実の子供にすら心を開かなかった彼女が、遠い昔に死んだと思い込んでいた父親と、存在することすら知らなかった兄に宛てた手紙を二人に託していたからだ。姉弟は手紙に導かれるように母親の祖国を訪れ、わずかに残る彼女の足跡を追い、あまりにも残酷な真実にたどり着く。

 この映画は予備知識が少ないほど終盤の衝撃が大きくなるので、具体的な内容には踏み込まないが、ここまで書いてきたような背景があるからこそ、このような作品が生まれるということは強調しておきたい。

 過剰な相対主義は玉虫色の世界をたぐり寄せ、真理や価値観を曖昧にし、遠ざけていく。しかし、この映画で浮き彫りになるナワルの人生は、そんな相対主義への逃避を許さない。と同時に敵と味方の二元論も封じ込めてしまう。なぜなら対立は他者との間にあるのではなく、両者が同じ人間のなかに取り込まれているからだ。この映画は、本当の多文化主義がその内なる痛みを乗り越えたところから始まることを物語っている。

《参照/引用文献》
『汝の父を敬え』ゲイ・タリーズ●
常盤新平訳(新潮社、1973年)

(upload:2013/02/03)
 
 
《関連リンク》
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