インド系移民を両親に持つジャズ・ピアニスト/コンポーザーのヴィジェイ・アイヤー(Vijay Iyer)については、パキスタン生まれのギタリストのレズ・アバシ(Rez Abbasi)の新作『Things To Come』を取り上げたときに少し触れた。
そのアイヤーの新作『Historicity』は、アメリカにおける2009年のベスト・アルバム・アワードを総ナメにしたといっても過言ではない。「Village Voice」の“Jazz Album of the Year”で1位、「The New York Times」の“Jazz/Pop Album of the Year”でも1位、「National Public Radio, U.S.A.」と「Los Angels Times」の“Jazz Album of the Year”でも1位、「Chicago Tribune」の“Innovative Jazz Release of 2009”でも1位、「Poppmatters.com」の“Best Jazz of 2009”でも1位、「Jazz Times Poll」の“Jazz Album of the Year”で2位に選出されていた。さらに「all about jazz」のサイトには、アイヤーのロング・インタビュー、9章からなるすごいボリュームの記事がアップされていた。
『Historicity』の内容は本当に深い。アイヤーのオリジナルとカバーのセレクトと構成を見ただけでも、それを垣間見ることができる。1曲目は、アイヤーのオリジナルで、アルバムのタイトルにもなっている<Historicity>。この言葉には、「歴史的真実性」とか「史実性」といった意味がある。アイヤーの作品『Panoptic Modes』(00)に<History Is Alive>という曲が収められているように、彼は以前から歴史に対して強い関心を持っていたが、『Historicity』では、独自の視点から「歴史的真実性」が探求されている。
レズ・アバシの『Things To Come』を取り上げたとき、筆者は、インドにルーツを持つアバシやアイヤー、ルドレシュ・マハンサッパ(Rudresh Mahanthappa)の音楽性を、アマルティア・センが書いた『議論好きなインド人――対話と異端の歴史が紡ぐ多文化世界』を引用して説明しようとした。そのなかでセンが強調していたのは、異端を受容するようなインドの特性としての対話の伝統であり、この三人は、言葉ではなく音楽で対話し、異端を受容し、新たなパースペクティブを切り開こうとしていると書いた。
アイヤーは、「all about jazz」のロング・インタビューのなかで、音楽を説明するのに“connect”、“dialogue”、“discourse”といった言葉を繰り返し使っている。三人のなかでアイヤーは、音楽的にはインド的な要素をあまり前面に出しているようには見えないが、そうした発言と『Historicity』を踏まえるなら、彼が最もインドの特性というものに忠実であるとみなすこともできるだろう。