Tirtha / Vijay Iyer with Prasanna & Nitin Mitta
Tirtha / Vijay Iyer with Prasanna & Nitin Mitta (2011)


 
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(初出:Into the Wild 2.0 | 大場正明ブログ 2011年6月6日更新、若干の加筆)

 

 

ヒップホップからポスト・クラシカルまで多様なコラボを
展開してきたアイヤーがインド音楽にアプローチする

 

 ヴィジェイ・アイヤーの『Tirtha(ティルタ)』は、彼のディスコグラフィのなかでは異色の作品といえる。いまのニューヨークのジャズ界で目立っているのが、アイヤーやルドレシュ・マハンサッパ(Rudresh Mahanthappa)、レズ・アバシというインド亜大陸にルーツを持つミュージシャンたちの活躍だ。だが、アイヤーの場合は、マハンサッパやアバシとは方向性が少し違っているように見えた。

 その違いは、他のミュージシャンからの影響とも無関係ではない。マハンサッパは、南インドの古典音楽にサックスを導入して独自の世界を確立したKadri Gopalnathに大きな影響を受け、このインドの巨匠とコラボレーションを展開する『Kinsmen』(08)や、パキスタンのカラチ生まれのアバシとタブラ奏者ダン・ワイス(Dan Weiss)をメンバーとするIndo-Pak Coalition名義の『Apti』(08)で、インド音楽へと接近した。

 アバシの場合は、現在では彼の夫人でもあるインド系カナダ人のシンガー、キラン・アルワリアの影響がある。アバシの作品に彼女が参加するようになり、『Snake Charmer』(05)あたりから、タブラ、ヴォーカル、シタール・ギターなどでインド音楽を意識するようになり、『Bazzar』(06)でマハンサッパが参加するようになり、一方ではアバシが『Kinsmen』や『Apti』に参加するようになった。そして、マハンサッパ、アイヤーが参加したアバシの『Things To Come』(09)にもアルワリアが加わっている。

 これに対してアイヤーは、スティーヴ・リーマンとのユニット“Fieldwork”やマイク・ラッドとのコラボレーション、グレッグ・テイトのBurnt Sugar The Arkestra Chamber、ニューヨークのストリング・カルテットであるEthelのアルバムへの参加など、ヒップヒップからポスト・クラシカルまで幅広い活動を展開してきたものの、それほど積極的にインド音楽に接近しようとすることはなかった。


◆Jacket◆
 
◆Track listing◆

01.   Duality
02. Tribal Wisdom
03. Tirtha
04. Abundance
05. Falsehood
06. Gauntlet
07. Polytheism
08. Remembrance
09. Entropy And Time

◆Personnel◆

Vijay Iyer - piano; Prasanna - guitar, voice; Nitin Mitta - tabla

(ACT Music)
 

 ところが、この『Tirtha』では、インド音楽もバッ クグラウンドに含むギタリストのPrasanna、タブラ奏者のNitin Mittaとコラボレーションを展開している。特に最近の『Historicity』(09)や『Solo』(10)と比較してみると、よけいに意外な印象を与えるのではないだろうか。

 しかしこのコラボレーションにはそれなりの経緯がある。この変則的なトリオは、もともとインド独立60周年を記念する企画のひとつとして結成された。レ コーディングも最近というわけではない。このアルバムのレコーディングは2008年8月で、2008年11月と2009年3月にレコーディングされた 『Historicity』や2010年5月の『Solo』よりも古い。

 だから、その順番で聴いてみるとしっくりくる。非常に完成度の高い『Historicity』のあとに位置づけると、なにかアプローチが半端に感じられるが、実はその手前の作品なのだ。

 アイヤーは、グローバリゼーションの時代には、こうしたコラボレーションが、ジャンルや文化の壁を壊すことではなく、より自然なものになっているというよ うなことをどこかで語っていた。しかし少なくともこのアルバムでは、Fareed Haque+The Flat Earth Ensembleの『Flat Planet』(09)ほどには、そんなヴィジョンが明確になっていない。

 とはいうものの、試みとしてはやはり非常に面白い。アイヤーが意識していたのは、ランディ・ウェストンのアフリカン・リズム・トリオやコルトレーンだというが、それは確かにサウンドから感じられる。特にコルトレーンについては、メンバーがみな意識しているように思える。そして、このようにアイヤーが積極的にインド音楽の要素を取り入れるようになると、マハンサッパやアバシとのコラボレーションがさらに深く、密接なものになりそうで、期待が膨らむ。


(upload:2011/11/16)
 
 
《関連リンク》
Vijay Iyer official site
Rez Abbasi『Things To Come』レビュー ■
Vijay Iyer 『Historicity』レビュー ■
Rudresh Mahanthappa 『Mother Tongue』レビュー ■
『Making Love to the Dark Ages』 BurntSugar レビュー ■

 
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