[ストーリー] ドイツのハンブルク。テロ対策のスパイチームを率いるギュンター・バッハマンは、密入国したひとりの若者に目をつける。彼の名はイッサといい、イスラム過激派として国際指名手配されていた。イッサは人権団体の弁護士アナベル・リヒターを介して、銀行家のトミー・ブルームと接触。彼の経営する銀行に、イッサの目的とする秘密口座が存在しているらしい。
一方、CIAの介入も得たドイツの諜報界はイッサを逮捕しようと迫っていた。しかしバッハマンはイッサをあえて泳がせ、彼を利用することで“ある大物”を狙おうとしていた。そして命をかけてイッサを救おうとするアナベルと、彼女に惹かれるブルーも、バッハマンのチームと共に闇の中に巻き込まれていく――。[プレスより]
ジョン・ル・カレの同名小説を映画化したアントン・コービン監督の『誰よりも狙われた男』は、9・11以後の社会を掘り下げた何本かの映画を筆者に思い出させる。
たとえば、トム・マッカーシー監督の『扉をたたく人』(07)だ。主人公は、妻を亡くしてから心を閉ざし、惰性で生きてきた初老の大学教授。そんな彼が、シリア出身のジャンベ奏者の若者と偶然に出会い、音楽を通して友情を育んでいく。だがその若者は不法滞在者として拘束されてしまう。
この映画では、フェリーからの展望を通して、自由の女神とかつてワールドトレードセンターが建っていた空間がさり気なく対置されている。それは、これまで移民を受け入れることによって発展を遂げてきたアメリカが、移民希望者や不法滞在者に対して厳しい措置をとるようになったことを示唆している。
ロサンゼルスを舞台にしたウェイン・クラマー監督の『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』(08)では、9・11以後に新たに設置された国土安全保障省の傘下にあるICE(移民・関税執行局)の活動が描き出される。映画はICEが市内の縫製工場に踏み込み、不法就労者たちを一斉検挙するところから始まる。
それから、バングラデシュ出身でイスラム教徒の少女がICEとFBIの強制捜査を受ける。学校の授業で9・11の実行犯を人間扱いすべきという意見を述べた彼女は、危険分子とみなされ、不法滞在者として拘束されてしまう。このエピソードは、「テロリストに反対しない者はテロリストの一員である」というブッシュ前大統領の言葉を思い出させる。
こうしたドラマには、9・11以後の現実が反映されている。デイヴィッド・ライアンの『9・11以後の監視』のなかには以下のような記述がある。
「9・11以後、公正な社会ではあらゆる人々に平等な機会が開かれているという、尊重されるべき信条でさえ、雲行きが怪しくなっている。もう一つのニューヨークの名高いシンボルである自由の女神も、そこで嘆いているに違いない。なるほど、確かにアメリカ合衆国はこれまで一度も平等な社会を求める気高い要求に応じることはなかった。だが、2001年の事件以来、すでにあった不平等と不均衡が拡大してきている。戦時中は、他国や敵に対する敵意に満ちた防衛が高まり、疑いの文化が台頭し、誰もそれを免れることはできない。今回の「戦争」も例外ではない。相互信頼という社会の基盤はこうして損なわれつつある」 |