ビンラディンが出会う最初の重要人物は、パレスチナ出身の学者/聖職者アブドゥッラー・アッザームといってよいだろう。ビンラディンはアフガニスタンの大義と関わるうえで彼から多大な影響を受けた。筆者の記憶が正しければ、アダム・ロビンソンの『テロリスト 真実のビン・ラーディン』では、アッザームが、事故で父親を亡くしたビンラディンにとって、父親的な存在になったと書かれていた。
しかし、やがてふたりの間に溝が生まれる。ムスリムの結束を妨げている民族対立をなくそうとするアッザームに対して、ビンラディンがアラブ人だけの恒久的軍事基地を作る計画を進めていたからだ。そして、そこに絡んでくるのが、アイマン・ザワヒリだ。金とコネを必要とするザワヒリと生涯をかけて追求すべき大義を必要とするビンラディンの利害が一致し、ビンラディンは変貌を遂げていく。「若きサウジ人(=ビンラディン)のほうは、献身的なサラフィー主義者ではあったものの、政治思想家としては大したことはなかった。ビンラディンはザワヒリに出会うまで、自国政府やあるいは他の抑圧的なアラブ系政権に反対の声をあげたことがただの一度もなかった」
そこで、アッザームとザワヒリの間に、ビンラディンの争奪戦が起こる。「注目すべきは、この時点において、三者の標的リストにアメリカ合衆国がいっさいふくまれていない点であろう。ビンラディンが立ち上げた「先駆者」集団は、もっぱら共産主義者との戦いを想定したものだった」
そして、このアルカイダの方向を変えるのが、アブー・ハジェルだ。彼は、イラク軍の元技術士官で、アフガニスタンでザワヒリ率いるジハード団に合流し、スーダンでビランディンの側近になった。「アルカイダという組織を、ビンラディンが当初構想した反共イスラム軍から、アメリカ相手に特化したテロ組織へと方向転換させた元凶こそ、アブー・ハジェルに起因する宗教的権威だったのだから」
このようにしてビンラディンはビンラディンになっていく。しかし、本書は急進的イスラム主義者だけを追いかけているわけではない。一方では、ビンラディンとFBIのジョン・オニールというふたりの人物が対置されている。オニールは、ビンラディンをとらえ、9・11を阻止する資質を備えた捜査官だったといってよいだろう。本書では、このふたりの家族や女性関係までもが克明に描かれている。
ビンラディンには複数の妻と家族があり、彼らの前では別の顔を見せていた。オニールには妻子がいたが、それを知る人間はほとんどいなかった。そんな彼は、シカゴやワシントンに次々と恋人を作り、それぞれの女性にあわせて異なる生活スタイルをとり、結婚の約束までしていた。「なんとも奇妙な形ではあったが、彼の複雑多岐にわたる女性遍歴は、彼が必死で追跡するウサマ・ビンラディンとどこか通底するところがあった。重婚を許容する文化のもとで生きていたら、オニールはたぶんハーレムを築いていただろう」
著者のライトは、映画『マーシャル・ロー』の原案・脚本を手がけた想像力豊かな作家でもあり、ビンラディンとオニールの対置は、ノンフィクションという枠組みを超えた興味深い物語にもなっている。ビンラディンは国家や国境を超えた出会いのなかでビンラディンになっていく。一方、ビンラディンというターゲットに迫るためには手段を選ばないオニールは、周囲に多くの反感を生み出し、それが捜査の妨げになる。CIAはアルカイダの活動に関する重要な情報をオニールに提供しなかった。イエメンのアデン港に停泊していた駆逐艦「コール」に対するテロ事件では、オニールとイエメン大使バーバラ・ボーディン女史の対立が捜査の妨げになった。
先ほど本書はハンチントンの『文明の衝突』の延長線上にあるわけではないと書いたが、このふたりの対置にはそれを思い出させるものがある。『文明の衝突』では、西欧とイスラム世界における政治的な忠誠の構造の違いがこのように説明されている。忠誠の対象を、家族、一族、部族などの狭い実体、中間に位置する国民国家、そして宗教や言語のコミュニティというさらに広い実体に分けた場合、西欧の忠誠は中間の国民国家で頂点に達する傾向にあるのに対し、イスラム世界では、中間が落ち込み、部族と宗教に対する忠誠が決定的な役割を果たす。
それをそのままビンラディンとオニールに当てはめるつもりはない。著者のライトは、ハンチントンとは対照的な視点から、ふたりの人物を徹底的に掘り下げることによって、彼らが属する世界の違いを鮮やかに浮き彫りにしているのだ。 |