オーストラリア出身の作家リチャード・フラナガンの『姿なきテロリスト』は、9・11以後の状況を通して社会の歪みを浮き彫りにしていく異色のスリラーだ。
物語の設定は、9・11以後の現代、オーストラリアのシドニー。ポールダンサー(ストリッパー)のヒロイン、ドールの人生は、マルディグラが開催される土曜日から火曜日までの4日間で激変する。
ドールはマルディグラでタリクと名乗る男に出会う。彼はその日の昼間、ビーチで溺れかけていたドールの親友の息子を救っていた。ドールは彼の豪華なマンションで一夜を過ごす。翌朝、彼女が目覚めると、タリクは「すぐ戻る」というメモを残して消えていた。
ドールは、彼が戻ってこないので、帰宅することにする。ところが、マンションを出て、向かいのコーヒーショップにいるときに、そのマンションが警官隊に包囲される。前日、ホームブッシュ・オリンピック・スタジアムで、リュックに入った爆弾が発見され、警察は、テロリストを追っていた。
間もなく、マンションの監視カメラに記録されていたタリクとドールの映像が公開され、ドールは、メディアや当局によってテロリストに祭り上げられていく。
この小説には、様々な社会的背景が描きこまれている。まず、シドニーに暮らす人々の間にある格差だ。「シドニーでは、500万人以上の西部出身者は北部の連中の胸糞悪い気取りと東部のやつらの尊大さに反吐の出る思いをし、100万人ほどの富裕な北と東の人々は、貧しい西の連中の欲の皮が突っ張った俗悪さと物質主義を軽蔑する」 |