白人教師レスの助手をしていたアボリジニの若者トニーが、聖なる場所にレスの妻ケイトを連れ込み、関係を持ったことがアボリジニの老人たちの知るところとなる。間もなくレスとケイトの家の前で、トニーの死体が発見される。死体に外傷が見当たらないために死因は心臓麻痺と断定されるが、アボリジニが外傷も残すことなく人を殺せることを知るレイは、殺人を見逃すわけにはいなかい。
そこでこの事件をめぐって、町のコミュニティの相談役で牧師でもあるアボリジニのデイヴィッド、アボリジニ文化を研究する白人の人類学者チャーリー、そして助手のビリーなど、双方の立場が理解できる人々が複雑な葛藤を強いられていく。そして、あくまで白人社会のルールを貫こうとするレイは悲劇的な運命をたどり、ふたつの文化の深い溝が浮かび上がってくることになるのである。
次に取りあげるのは、アメリカで大ベストセラーとなり邦訳もされた『ミュータント・メッセージ』の著者マルロ・モーガンの新作『Message from Forever』だ。前作が面白かっただけに、この新作には期待をしていたのだが、正直言ってその期待は裏切られた。この二冊の物語では、著者のスタンスがまったく違う。
前作では、著者自身の信じられないような体験が、物語が扱う部族を法的介入から守るためにフィクションというかたちでまとめられていた。オーストラリアの都市部で希望のないアボリジニの若者たちの救済に尽力した彼女は、"真実の人"と呼ばれる部族に招待され、この部族とともにデッド・ハートの世界を120日にわたって旅する。そのあいだに、彼らがテレパシーを使ったり、複雑骨折が数日で治癒したり、
著者と族長が生まれたときから出会うことが約束されていたりと、驚くべき出来事が次々に起こる。この物語には、それが真実かフィクションかということ以前に、読者を引き込む新鮮なドラマ、世界観、そして説得力があった。
これに対して新作は完全なフィクションで、生まれてすぐにキリスト教の宣教師によって引き離されたアボリジニの双子の男女を主人公に、30年代から90年代に至るそれぞれの運命が交互に綴られていく。姉のベアトリスは、自分のルーツを求める苦難に満ちた旅の果てにアボリジニの一族に出会い、前作の著者と同じように深い伝統に根差したアボリジニの叡智に目覚め、ふたつの文化のはざまで社会を改革していこうとする。
アメリカに送られた弟のジェフは、白人社会のなかで自分を見失い、酒やドラッグに溺れ、殺人の罪で死刑囚となる。しかし最後に姉からのメッセージを受け取り、その言葉のなかにもうひとつの人生の可能性を見出していく。
この小説はその設定は決して悪くないが、この主人公たちは著者がアボリジニの教えを語るための単なる駒になってしまい、物語のなかを生身の人間として生きていない。物質文明を否定し万物と一体になった生活、文化を漫然と称揚するありふれたニューエイジの物語になってしまっているのだ。
モーガンの新作とは対照的に、生きた主人公たちの物語を通してデッド・ハートの世界を見つめるのが、常に異文化との境界にこだわるオーストラリアの作家ニコラス・ジョーズの新作『The Custodians』だ。この小説はハードカヴァーで500ページという大作で、アレックス、ジギー、ジョージー、ジェーン、ウェンディ、エルスペス、クリーヴ、ダニーという8人の主人公の50年代から80年代に至る物語を通して、現代オーストラリアそのものを再発見しようとする。
主人公のなかでダニーを除く7人は幼なじみで、子供のときに一緒に皆既食を見たときから奇妙な運命の糸で結ばれ、出会いと別れを繰り返しながらそれぞれの道を歩んでいく。好奇心旺盛で野心的なアレックスは、母親の自殺という重い過去を背負いながら政治家を志し、信仰心が強いジョージーは尼僧に、リトアニアからの移民であるジギーは俳優になってロンドンに渡り、ジェーンはオーストラリアのマチズモ(男性優位主義)社会のなかで女性の視点を切り開く画家になり、
ウェンディは魅力的なドラッグのディーラーから離れられなくなり、名家の娘エルスペスは相続した砂漠の土地に執着し、アボリジニの血を引くクリーヴはアボリジニを救済する活動に情熱を傾けていく。そのクリーヴと双子の兄弟で、まだ幼い頃に引き離されたダニーは、彼の姉に暴力を振るう夫を殺害した罪で刑務所に入れられてしまう。
彼らはまったく違う道を歩むように見えながら、それぞれの人生は複雑に絡み合っていく。アレックスとジョージーは子供の頃から強く惹かれあっていたが、離れ離れになり、ジョージーはクリーヴがアボリジニ救済という道を選ぶ心の支えとなる。そしてクリーヴの子供を宿したことを知ると、ひとりで育てる決心をして彼の前から姿を消す。アレックスは、中央政界からクリーヴの活動を援助する。子供の頃にクリーヴに惹かれていたエルスペスは、
遥か昔に湖があった彼女の土地から少なくとも4万年以上前にさかのぼる貴重な男女の人骨が発見されたことから、その歴史に対する思いを通してクリーヴと精神的な絆を築き上げていく。画家となったジェーンは、アート・セラピストとして刑務所を訪ねたことからダニーと出会い、絵画を通してダニーとクリーヴを結ぶ役割を果たす。ダニーはクリーヴに一枚の絵を残して刑務所のなかで自ら命を絶つのだ。
この小説の題名には、管理者とか保管者といった意味があるが、この題名は物語のなかで様々な意味を持つことになる。幼なじみの主人公たちがまだ若かった頃、彼らは課外授業で砂漠のなかにある古い墓地の発掘をする。そのときアレックスは、密かに頭蓋骨を掘りだして、自分に力を与える宝物のように部屋に保管し、クリーヴの反感を買う。しかし彼の母親はその頭蓋骨を黙って処分してしまう。それから長い年月が経ち、エルスペスの土地から貴重な人骨が発見されたとき、
国はその土地をテーマ・パークにしようと計画するが、クリーヴとエルスペス、彼らの支援者は人骨を埋め戻すことを要求し、アレックスは微妙な立場に立たされることになる。
4万年前の人骨、長い歴史が刻み込まれた土地は誰が引き継ぐべきなのか。アボリジニの血を引くジョージーの子供は誰が引き継ぐのか。この小説には、物語のなかで生まれたり、発見されたり、作りあげられたものを誰がどのように引き継ぐのかという模索があり、その模索を通してオーストラリア人のアイデンティティが掘り下げられていくことになるのである。 |