グリーン・ゾーン
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(2010) on IMDb


2010年/アメリカ/カラー/114分/スコープサイズ/ドルビーSRD
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(初出:月刊「宝島」2010年6月号「試写室の咳払い」09、若干の加筆)

 

 

ジャーナリスティックな視点とフィクションの融合
痛烈な批判を込めて描き出されるイラク戦争の全体像

 

 ポール・グリーングラス監督とマット・デイモンが再びタッグを組んだ『グリーン・ゾーン』は、アクションばかりに気を取られてしまうとイラクを舞台にした“ジェイソン・ボーン”シリーズのように見えかねない。しかし、映画のなかに切り拓かれるヴィジョンはまったく違う。ボーン・シリーズでは、冷戦以後の世界が象徴的に描き出された。この新作では、ジャーナリスティックな視点とフィクションを巧妙に絡み合わせることによって、イラク戦争の内実が鮮やかに浮き彫りにされている。

 イラク戦争の開戦から四週間後、米陸軍のロイ・ミラー上級准尉は、略奪が横行するバグダードで大量破壊兵器を捜索する任務につく。だが、現実と食い違う上層部の情報に疑問を抱いた彼は、独自に調査を始める。

 観客は、大量破壊兵器が発見されないことをすでに知っている。しかしこの映画では、その捜索が戦後の復興計画と結びついていく。ミラーは、その復興計画をめぐって国防総省による悪辣な裏工作が進行していることを突き止める。それはあくまでフィクションではあるが、決してアクションを盛り上げるためだけにあるような単純で都合のよいフィクションではない。

 イラク戦争が泥沼化した要因には、戦争の遂行しか頭になかった国防総省が、戦後の復興を亡命イラク人に任せたことや、何の受け皿もなくバース党の構成員を公職追放し、イラク軍を解隊したことが挙げられる。この映画では、国防総省情報局のクラーク・バウンドストーンが、まさにその最悪のシナリオを実行しようとしている。


◆スタッフ◆
 
監督/製作   ポール・グリーングラス
Paul Greengrass
脚本 ブライアン・ヘルゲランド
Brian Helgeland
撮影 バリー・アクロイド
Barry Ackroyd
編集 クリストファー・ラウズ
Christopher Rouse
音楽 ジョン・パウエル
John Powell
原案 ラジブ・チャンドラセカラン
Rajiv Chandrasekaran
 
◆キャスト◆
 
米国陸軍上級准尉 MET隊隊長ロイ・ミラー   マット・デイモン
Matt Damon
国防総省情報局クラーク・バウンドストーン グレッグ・キニア
Greg Kinnear
CIAマーティ・ブラウン ブレンダン・グリーソン
Brendan Gleeson
「ウォール・ストリート・ジャーナル」記者ローリー・デイン エイミー・ライアン
Amy Lyan
米国陸軍少佐ブリッグス ジェイソン・アイザックス
Jason Isaacs
フレディ ハリド・アブダラ
Khalid Abdalla
アル・ラウィ将軍 イガル・ノール
Igal Naor
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(配給:東宝東和)

 そして、ミラーの捜索と国防総省の裏工作が結びついていくことになるが、そんなストーリーには随所に事実が散りばめられている。たとえば、戦前のアメリカ政府内では、バース党やイラク軍を温存するというガイドラインが作成されたことがあり、国務省もCIAもそれを支持していた。この映画では、CIAのエージェントのブラウンにその見解を提示させ、国防総省のバウンドストーンと対立させる。

 ミラーが始める独自の捜査はさらに興味深い。彼は、フセイン政権の最高幹部で、<クラブのジャック>にあたる(米軍はフセイン政権の要人をトランプに当てはめて識別した)アル・ラウィ将軍を追うと同時に、“マゼラン”と呼ばれる大量破壊兵器の情報源の正体を突き止めようとする。

 そんな彼が明らかにしていく真相は、様々な事実を想起させる。ミラーが追う<クラブのジャック>ことアル・ラウィは実在の人物だが、彼はフセイン政権崩壊後に姿をくらました。だから、アル・ラウィとミラーの駆け引きは事実ではないが、まったくあり得ないことを描いているわけではない。

 この映画のアル・ラウィと“マゼラン”の存在には、別のいくつかの事実が巧みに合成されている。まず、バグダードから逃走し、故郷で米軍に拘束された大統領補佐官で、<ダイヤのエース>にあたるアル・ティクリティのエピソードだ。ジェームズ・ライゼンの『戦争大統領 CIAとブッシュ政権の秘密』では、以下のように説明されている。

アル・ティクリティは、イラクには大量破壊兵器はなく、とうの昔にすべて廃棄されたと告げた。その発言がなされた2003年6月、アメリカは禁止されている兵器をなおも探している最中で、発見することがブッシュ政権の重要な政治目標だった

 また、フセイン政権は開戦前に裏ルートを通じて大量破壊兵器を保有していないことをアメリカに伝えようとしたが、アメリカはバグダードで会おうと、これを突っぱねた。そして、どうしても戦争がしたいアメリカが飛びついたのが、国外追放処分を受けたイラク人で、“カーブボール”という暗号名を持つ人物の極めて信憑性が薄い大量破壊兵器の情報だった。この映画でミラーが明らかにしていく真相は、そうした事実をヒントに作り上げられている。だから、フィクションではあるものの、非常にリアルな緊迫感を生み出す。

 つまりこの映画は、様々な事実を意図して“グリーン・ゾーン”に取り込み、痛烈な批判を込めてイラク戦争の全体像を描き出しているのだ。

《参照/引用文献》
『戦争大統領――CIAとブッシュ政権の秘密』ジェームズ・ライゼン●
伏見威審訳(毎日新聞社、2006年)

(upload:2010/06/29)
 
 
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