告発のとき
In the Valley of Elah  In the Valley of Elah
(2007) on IMDb


2007年/アメリカ/カラー/121分/シネマスコープ/ドルビーDTS・SDDS
line
(初出:47NEWS「花まるシネマ」2008年6月24日更新、加筆)

 

 

イラクとベトナムが繋がることで見えてくるもの

 

 『ミリオンダラー・ベイビー』や『クラッシュ』の成功で、脚本家・監督として注目されるポール・ハギス。彼が新作の題材に選んだのは、イラク帰還兵の失踪事件という実話であり、イラク戦争が招いた悲劇といえる。

 2004年11月、退役軍人ハンクのもとに、イラクから帰還した息子マイクが姿を消したという知らせが届く。息子の無許可離隊など考えられない父親は、地元警察の女性刑事の協力を得て捜索に乗り出す。間もなく息子の焼死体が発見され、次第に事件の真相が明らかになっていくとき、強い愛国心を持つ彼が信じていたアメリカの正義が崩れていく。

 だが、それは表面的な物語に過ぎない。映画のもとになった実話では、事件を通してイラク戦争の実態が描かれているが、映画はハンクの行動や表情を通してそれ以上のものを想像させる。

 実際に事件が起こったのは2003年7月だが、映画では2004年11月1日にハンクのもとに連絡が入る。この変更によってドラマは重みを増す。なぜならその翌日の大統領選でブッシュが再選され、それを受けて国際世論の批判によって中止されていたファルージャ占領作戦が再開されるからだ。

 ベトナム戦争を体験しているハンクがそれを知れば、複雑な思いを抱くに違いない。ビング・ウェスト『ファルージャ 栄光なき死闘』では、以下のようにファルージャとベトナムが結び付けられている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   ポール・ハギス
Paul Haggis
原案 ポール・ハギスマーク・ボール
Paul Haggis, Mark Boal
撮影 ロジャー・ディーキンス
Roger Deakins
編集 ジョー・フランシス
Jo Francis
音楽 マーク・アイシャム
Mark Isham
 
◆キャスト◆
 
ハンク・ディアフィールド   トミー・リー・ジョーンズ
Tommy Lee Jones
エミリー・サンダース シャーリーズ・セロン
Charlize Theron
ジョアン・ディアフィールド スーザン・サランドン
Susan Sarandon
マイク・ディアフィールド ジョナサン・タッカー
Jonathan Tucker
ダン・カーネリー軍曹 ジェームズ・フランコ
James Franco
エヴィ フランシス・フィッシャー
Frances Fisher
ブシュワルド警察署長 ジョシュ・ブローリン
Josh Brolin
カークランダー軍警察警部補 ジェイソン・パトリック
Jason Patrick
ゴードン・ボナー ジェイク・マクラフリン
Jake McLaughlin
エニス・ロング メカッド・ブルックス
Mehcad Brooks
ロバート・オーティス兵卒 ヴィクター・ウルフ
Victor Wolf
-
(配給:ムービーアイ)
 

アメリカ軍が市街戦に臨むのは二六年前フエ市以来のことだ。フエ市の戦いは数ヵ月におよび、無数の家屋が瓦礫と化した。数百人のアメリカ兵、そして数千人のベトナム人が命を落とした。ファルージャでの戦いは厳しいものになることを、海兵隊員は知っていた。そのことを他の人たちにもわかってほしかった

 ハンクが訪れる商店や食堂では、常に大統領の声明やファルージャのニュースが流れている。ところが、彼はほとんど気にもとめず、表情も変えない。並外れた洞察力を持つ彼には、すでに戦争の実態が見えてしまっているからだ。

 そうなると彼の行動の意味も変わってくる。たとえば、規律を守る姿勢だ。モーテルで洗濯していた彼は、女性刑事が現れるとまだ濡れているシャツを着る。彼は心のなかでは現実に絶望していながら、規律だけで自分を支えているように見える。

 さらにもうひとつ不自然なことがある。息子の失踪を知った彼は、戦友に協力を求めようとするが、その戦友が14年も前に退役したことすら知らずにいたのはなぜなのか。彼の息子たちは、愛国心と軍人としての誇りを持つ父親に憧れ、軍人になった。だが、そんな彼は退役後、戦友と距離を置き、おそらくは現実から目を背けてきた。彼がベトナムの体験をどう考えていたのかは想像するしかない。

 アメリカは湾岸戦争やイラク戦争を通して、ベトナムのトラウマを消し去り、記憶を封じ込めようとしてきた。これに対してハギスは、実話をそのまま描くのではなく、ハンクを主人公にすることで、イラク戦争の実態とベトナムを結びつけようとする。

 この映画に描かれる軍や警察は、伝統とはいいがたい歪んだホモソーシャルな関係に支配されている。ハンクはそんな世界のなかで、疎外された女性刑事と信頼関係を構築することで、自分を見つめ、一つの答えにたどり着くのだ。

《参照/引用文献》
『ファルージャ 栄光なき死闘:アメリカ軍兵士たちの20カ月』ビング・ウェスト●
竹熊誠訳(早川書房、2006年)

(upload:2011/09/24)
 
 
《関連リンク》
ポール・ハギス 『サード・パーソン』 レビュー ■
ポール・ハギス 『スリー・デイズ』 レビュー ■
ロサンゼルス、差別の表層と深層に向けられた眼差し
――『クラッシュ』と『RIZE ライズ』をめぐって
■
デービッド・ハルバースタム 『静かなる戦争』 レビュー ■
ポール・グリーングラス 『グリーン・ゾーン』 レビュー ■

 
 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp