サード・パーソン
Third Person  Third Person
(2013) on IMDb


2013年/アメリカ=イギリス=ドイツ=ベルギー/カラー/137分/スコープサイズ/5.1chデジタル
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(初出:『サード・パーソン』劇場用パンフレット)

 

 

三つの物語から浮かび上がる作家の葛藤と再生

 

[ストーリー] パリのホテルにこもって最新作を執筆中の小説家と、作家志望でもある若き愛人。ローマのバーで、密輸業者に娘を誘拐されたというロマ族の女と出会ったアメリカ人の男。ニューヨークのホテルで客室係として働きながら、離婚した夫から息子を取り戻そうとする元女優と、売れっ子現代アーティストの元夫。一見、何の接点もないようなエピソードが並行して描かれていくが、クライマックスに向けて物語は衝撃的な形で交差していく。タペストリーのように織り上げられていた3つの物語の糸がほどけたとき、思いも寄らない真実が浮かび上がり、ラブストーリーを超える愛と絆が観る者の胸をしめつける。[プレスより]

 ポール・ハギス監督の新作『サード・パーソン』では、三つの都市を舞台に、三組の男女の関係が並行して描かれる。パリでは、新作を執筆中の小説家マイケルと作家志望のアンナがホテルで落ち合う。ローマでは、有名ブランドのデザインを盗むためにアメリカからやって来たビジネスマンのスコットが、トラブルを抱えるロマの女性モニカに出会う。ニューヨークでは、離婚した元女優のジュリアとアーティストのリックが、6歳の息子の親権をめぐって揉めている。

 ところが物語が展開していくうちに、私たちはこれが、必ずしもリアリズムに立脚した作品ではないことに気づく。最も明確なサインは“メモ”だ。客室係として働くジュリアは、弁護士から精神科医との面会の場所が変更になったことを知らされ、慌ててメモ用紙に住所を走り書きする。舞台はパリに変わり、マイケルのもとに別居中の妻エレインから連絡が入り、彼は妻の新しい電話番号をメモしようとする。そのとき、デスクの上にはなぜかジュリアが置き忘れたメモがあり、マイケルはその裏に番号を書き取る。

 三つの物語はどこかで繋がっている。どの物語も背景にホテルがあり、メモが重要な役割を果たす。マイケルが妻の番号を書いたメモは、アンナがこっそり持ち去ってしまうため、ジュリアはそれを取り戻すことができず、深刻なトラブルに陥る。モニカはバーにかかってきた電話を受け、スコットのペンを借りて札に大切な連絡先を走り書きする。その札はやがて二人を結ぶ糸となり、彼らの運命を変えていく。

 では、三つの物語はどんな関係にあるのか。その鍵を握っているのは、マイケルがホテルにこもって書いている新作だ。アンナがその内容について尋ねたとき、彼は「小説の人物を通してしか物事を感じられない作家の話」というように説明する。その言葉を踏まえるなら、マイケルは、ニューヨークやローマの物語に登場する人物を通して物事を感じていると解釈することができる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   ポール・ハギス
Paul Haggis
撮影 ジャンフィリッポ・コルティチェッリ
Gianfilippo Corticelli
編集 ジョー・フランシス
Jo Francis
音楽 ダリオ・マリアネッリ
Dario Marianelli
 
◆キャスト◆
 
マイケル   リーアム・ニーソン
Liam Neeson
アンナ オリヴィア・ワイルド
Olivia Wilde
スコット エイドリアン・ブロディ
Adrien Brody
モニカ モラン・アティアス
Moran Atias
ジュリア ミラ・クニス
Mila Kunis
リック ジェームズ・フランコ
James Franco
テレサ マリア・ベロ
Maria Bello
エレイン キム・ベイシンガー
Kim Basinger
サム ロアン・シャバノル
Loan Chabanol
ジェイク デヴィッド・ヘアウッド
David Harewood
ジェシー オリヴァー・クラウチ
Oliver Crouch
-
(配給:プレシディオ/東京テアトル)
 

 この映画では非常に緻密な構成が際立つが、それは単にパズルを解くようなスリルを生み出すためにあるわけではない。重要なのはマイケルの立場や心理だ。担当編集者の本音が物語るように、マイケルは処女作では成功を収めたが、その後は人生の言い訳を書いているだけの駄作しか生み出していない。彼はなぜスランプに陥っているのか。それはこの映画が、執筆中の彼に向かって不在の少年が「見ててね」と語りかけるところから始まることと無関係ではないだろう。彼は過去の出来事について心の整理がついていない。だから“言い訳”を書いてしまう。そして新作で同じことを繰り返せば、もう未来はない。彼はそんな瀬戸際に立たされている。

 ポール・ハギスが切り拓いてきた世界には共通点がある。彼が脚本を手がけた出世作『ミリオンダラー・ベイビー』では、不遇な人生を送って30代になってしまったヒロインと老トレーナーが無謀にもプロボクシングで頂点を目指そうとする。実話に基づく監督第2作『告発のとき』では、イラク帰還兵の息子が無許可離隊することなど信じられない父親が、無残な遺体で発見された息子の死の真相に迫っていく。彼はその過程で、退役軍人としての誇りや忠誠心を捨て去り、戦争の現実と向き合うことになる。監督第3作『スリーデイズ』では、主人公の大学教授が、無実でありながら殺人罪で収監されようとしている妻を脱獄という手段で救おうとする。

 ハギスは、逆境にある主人公が、固定観念や理性を捨て去り、自由や真実を求める姿を独自の視点で描き出してきた。そんな関心は、瀬戸際に立たされた作家に迫る『サード・パーソン』にも引き継がれ、これまで以上に複雑で興味深い心理が描き出される。この映画はなぜ三つの物語で構成されているのか。それは、主人公のゴールが必ずしもひとつではないからだ。

 マイケルが作家として復活することを望んでいるのは間違いない。しかしそれ以前に、人間として過去を清算できなければ、その足がかりをつかむことができない。ニューヨークとローマの物語は、そんな過去の清算と無関係ではない。ジュリアが精神的に不安定で、職を転々とするのは、過去の出来事の責任を回避しようとしているからであり、もし自分の非を認めることができれば、軋轢が解消されるかもしれない。スコットがモニカに深入りするのは、過去に起因する罪悪感を背負っているからでもあり、彼女を信じることができれば、新たな人生が開けるかもしれない。

 二つの物語には、人間としての救いがある。しかし、復活を強く望む作家はそれでは満たされない。パリの物語はそんな葛藤を描く場となる。そこには二人のマイケルがいる。なぜなら彼は日記のなかで自分を「彼」と表現しているからだ。ちなみに、映画のタイトル“サード・パーソン”には三人称という意味もある。その「彼」と「私」は同じではない。それは、ローマの物語と比較してみればわかるだろう。モニカは、スコットがなにも聞かずにすべてを受け入れてくれることを望む。彼女を信じるスコットはそれを受け入れる。「彼」もアンナを信じ、その想いを白い花に託す。しかし「私」はそんなに優しくはない。きっと人物のすべてを暴き出そうとするだろう。

 そこで思い出されるのは、マイケルの担当編集者のこんな言葉だ。「君の処女作はすごかった。残酷で生々しく、情も恥もなかった。ゲラを読むだけで汗の出る傑作だった」。マイケルは、編集者にそんなふうに思わせる小説をもう一度、書き上げる。「彼」はアンナを愛しているが、「彼」はマイケルのすべてではない。では、「私」は誰を愛しているのだろう。それは、マイケルが新作の原稿を担当編集者の次に見せる人物に違いない。ポール・ハギスは、過去を引きずり、瀬戸際に立たされた主人公が先鋭的な作家として覚醒するまでの複雑な心理を、繊細かつ大胆に描き出している。


(upload:2014/12/02)
 
 
《関連リンク》
『サード・パーソン』 公式サイト
ポール・ハギス 『スリーデイズ』 レビュー ■
ポール・ハギス 『告発のとき』 レビュー ■
ポール・ハギス 『クラッシュ』 レビュー ■
クリント・イーストウッド 『ミリオンダラー・ベイビー』 レビュー ■

 
 
 
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