ミリオンダラー・ベイビー (レビュー01)
Million Dollar Baby


2004年/アメリカ/カラー/133分/シネマスコープ/ドルビーデジタルDTS・SDDS
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(初出:「Pause」)

 

 

生と死の狭間における試練から切り拓かれる神話的な世界

 

 「死者と語り合わねば、生者を理解できない」。これは、イーストウッド監督の『真夜中のサバナ』(97)に登場する女祈祷師ミネルヴァの言葉だ。南部の古都で起こった殺人事件の真相を究明しようとする記者ジョンは、この女祈祷師の言葉に従い、死体から手がかりを得る。

 だが最後に、彼女の言葉の意味がそんな単純なものではないことを知る。彼女の言葉を実践するのは、むしろ映画そのものだ。この映画には、ふたつの死があり、その狭間で生と死、善と悪、虚と実の境界が揺らぎ、揺らぎのなかに人間が描き出されるのだ。

 この言葉の実践は、その後のイーストウッド作品にも引き継がれ、いまやそれがテーマになっているといっても過言ではない。『トゥルー・クライム』(99)では、筋金入りの記者エベレットが、死刑執行を目前にした男の無実の罪を晴らすために奔走するが、もともとその事件を担当していたのは彼ではない。最初に同僚の事故死があり、彼はその死者の声を聞きながら真相に迫っていく。

 『ブラッド・ワーク』(02)で、心臓移植手術を受けた元FBI捜査官マッケーレブは、ドナーが殺人事件の犠牲者だったことを知り、死者に導かれるように残酷な真実に至る。『ミスティック・リバー』(03)では、ジミーの愛娘が無惨な他殺体で発見されたことが、重い過去を背負う3人の幼なじみを再び結びつけ、不条理なもうひとつの死を招き寄せてしまう。

 そして、新作の『ミリオンダラー・ベイビー』には、そうした実践の大いなる成果がある。この映画でまず注目しなければならないのは、フランキーと彼のジムで雑用係をしているスクラップの関係だ。

 スクラップは元ボクサーで、フランキーは彼の現役最後の試合でカットマンを務めた。その時フランキーは、ボクサーの危険な状態を察知しながらも、カットマンとして最良の仕事をし、その結果スクラップは片目を失い、リングを去ることになった。その出来事はひとつの死を意味している。だから、この物語の登場人物であると同時に語り手でもあるスクラップが、時として幽霊に見えるのも不思議なことではない。

 フランキーは、ふたつの理由から心を閉ざし、毎日教会に通い続けている。ひとつはもちろん、スクラップに対する罪悪感であり、もうひとつは自分の娘に対する罪悪感だ。彼は、何らかの事情で娘から絶縁され、彼女に手紙を送り続けているが、すべて返送され、箱にたまっていく。

 そんなフランキーは、スクラップという死者と語らい、彼に導かれるように、マギーという女性ボクサーを受け入れていく。そして、ボクシングの世界のなかで娘を取り戻した彼は、彼女とともに頂点を目指し、あまりにも苛酷な試練を課せられる。

 この映画のなかで、父親と娘が分かち合うボクシングの世界は、次第にある種の神秘的な世界へと変わっていく。その鍵を握るのは、神話や神秘主義に傾倒し、死を通して生を探求したW・B・イェイツだ。フランキーは、イェイツのゲール語の詩集を愛読し、マギーにゲール語の名前を与え、最後には、イェイツの望郷の念が込められた初期の詩「イニスフリーの湖島」を読んで聞かせる。

 フランキーとマギー、そしてスクラップが、生と死の狭間における試練を通して切り開くのは、ただ血が繋がっているだけで家族だと思っている人間や教義に縛られた神父には分け入ることができない神話的な世界なのである。


◆スタッフ◆
 
監督/製作   クリント・イーストウッド
Clint Eastwood
脚本/製作 ポール・ハギス
Paul Haggis
原作 F・X・トール
F.X. Toole
撮影 トム・スターン
Tom Stern
編集 ジョエル・コックス
Joel Cox
音楽 クリント・イーストウッド
Clint Eastwood
 
◆キャスト◆
 
フランキー・ダン   クリント・イーストウッド
Clint Eastwood
マギー・フィッツジェラルド ヒラリー・スワンク
Hilary Swank
エディ・“スクラップ・アイアン”・デュプリス モーガン・フリーマン
Morgan Freeman
ショーレル・ベリー アンソニー・マッキー
Anthony Mackie
デンジャー ジェイ・バルシェル
Jay Baruchel
ビッグ・ウィリー マイク・コルター
Mike Colter
ホーヴァク神父 ブライアン・オバーン
Brian F. O’Byrne
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(配給:ムービーアイ=松竹)
 

 


(upload:2011/01/08)
 
《関連リンク》
『ミリオンダラー・ベイビー』レビュー01 ■
『ミリオンダラー・ベイビー』レビュー02 ■

 
 
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