ファルージャ 栄光なき死闘:アメリカ軍兵士たちの20カ月 / ビング・ウェスト
No True Glory: A Frontline Account of the Battle for Fallujah / Bing West (2005)


2006年/竹熊誠訳/早川書房
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(初出:)

イラク戦争、迷走するアメリカ政府や軍上層部と
最前線の激戦地で最悪の戦闘を強いられる兵士たち

 海兵隊に入隊し歩兵としてベトナム戦争を体験し、その後、レーガン政権下で国際安全保障問題の国防次官補を務めた著者ビング・ウェストが、イラク戦争を題材に書いたノンフィクションで、アメリカ政府や軍上層部の政策・戦略をめぐる迷走ぶりと最前線の激戦地で最悪の戦闘を強いられる兵士たちの姿が生々しく描き出されています。

 テキストは準備中ですが、実際に本書を参照・引用したテキストを書いていますので、それを簡単にまとめておきます。イラク戦争を題材にした映画を観るたびに、本書のさまざまなディテールがよみがえってきました。

 まずなんといってもキャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー』(08)です。この映画では、2004年夏のイラクを舞台に、戦場で爆発物処理班として任務にあたる兵士たちの世界が描き出されます。

 アメリカ政府や軍の半端な関与や無知によって、イラク各地で暴動が発生するようになり、その暴動の進化したかたちが、「IED」と呼ばれる手製爆弾でした。本書の以下の記述は、この映画の状況をよく物語っています。

思い出したような発砲や迫撃砲の打ち込み、RPG(ロケット推進擲弾)による攻撃などは、戦闘馴れした第三歩兵師団の兵士たちにとっては痛くも痒くもなかった。ただしIEDは別だった。ベトナム戦争では巧妙に仕掛けられた地雷が歩兵にとって最大の悩みで、歩兵の戦死者の二〇パーセントがこうした地雷によるものだった。士気にも大きく影響した。歩兵たちは、前進しながら、いつ地雷で吹き飛ばされるかという恐怖心に駆られていた。平坦な土地が続くイラクではハイウェーが問題だった。アメリカ兵の戦死者の六八パーセントがIEDによるものだった。道路を進むアメリカ兵は誰もがIEDを恐れていた。

 IEDは簡単に作れる。榴散弾を作るために金属片をひとまとめにしたものに、ガレージのシャッターの開閉リモコンや携帯電話で遠隔操作する発火装置をつければよいのだ。スイッチを押す人間は、一ブロックほど離れた屋根の上にいればいい。

 第三歩兵師団の兵士たちはIEDを見つける方法をいくつか見つけた。腹部が異常に膨れ上がった犬の死体、妙な方向に向けて置かれた樽、風に吹き飛ばされずに道路に置かれている重そうなダンボール箱、不審な場所に停められた車などは要注意だ。しかし、七月中旬には、ファルージャの西を走っていた車列が大砲の砲弾の爆破に遭い、兵士一人が死亡、三人が負傷した。爆発物の近くを何人もの土地の人間が往来していたが、アメリカ軍に警告する者はいなかった

 それから、ポール・ハギス監督の『告発のとき』(07)です。この映画はイラク帰還兵の失踪事件という実話がベースになっています。物語は、2004年11月、退役軍人ハンクのもとに、イラクから帰還した息子マイクが姿を消したという知らせが届くところから始まります。息子の無許可離隊など考えられない父親は、地元警察の女性刑事の協力を得て捜索に乗り出します。間もなく息子の焼死体が発見され、次第に事件の真相が明らかになっていくとき、強い愛国心を持つ彼が信じていたアメリカの正義が崩れていくことになります。

 映画のもとになった実話では、事件を通してイラク戦争の実態が浮き彫りにされていきますが、映画には別な視点が盛り込まれています。注目しなければならないのは、実際に事件が起きたのは2003年7月であるのに対して、映画では、2004年11月1日にハンクのもとに連絡が入るという設定に変更されています。この変更には大きな意味があります。なぜならその翌日の大統領選でブッシュが再選され、それを受けて国際世論の批判によって中止されていたファルージャ占領作戦が再開されることになるからです。

 脚本も手掛けているハギスがそれを強く意識していることは、ハンクが訪れる商店や食堂などで、常に大統領の声明やファルージャのニュースが流れているところによく表れています。そして、ベトナム戦争を体験しているハンクは、胸のうちで複雑な思いを抱いているに違いありません。本書では、以下のようにファルージャとベトナムが結び付けられています。


◆目次◆

    はじめに
  プロローグ ブルックリン橋の惨劇
第T部 反乱
01. 「サッカー場の土まで盗むとは」
02. 指揮の乱れ
03. 「アメリカに味方をする者には死を」
04. 後ろ向きの問題
05. バレンタインデーの大虐殺
第U部 包囲
06. 「アメリカ人にこんなことをするなんて」
07. 反乱
08. 戦略上の拠点
09. テト攻勢の影
10. 農民か戦闘員か?
11. パーフェクト・ストームを避けて
12. 大勢が死に、彼らは去っていった
13. 暗いイースター
14. 「俺を撃ちたいか? ピクニックじゃないんだぞ」
15. ファルージャ――成功のきざし
16. 二つの顔を持つ部族長と導師たち
17. ララファルージャ
18. 戦略の混乱
19. ジョラン墓地
20. 悪魔との取り引き
第V部 逆転
21. 爆弾工場
22. 「よけいなことはしないように」
23. すべてが徒労に?
第W部 攻撃
24. 番犬
25. ジョランのメリーゴーランド
26. フェーズライン・ヘンリー
27. 地獄の家
28. 五人の伍長
  エピローグ ヤードではなくインチ単位で
  結論 真の栄光のために
  登場人物のその後
  原注
  参考文献
  訳者あとがき

 

アメリカ軍が市街戦に臨むのは二六年前フエ市以来のことだ。フエ市の戦いは数ヵ月におよび、無数の家屋が瓦礫と化した。数百人のアメリカ兵、そして数千人のベトナム人が命を落とした。ファルージャでの戦いは厳しいものになることを、海兵隊員は知っていた。そのことを他の人たちにもわかってほしかった

 冒頭で触れたように、著者ウェストはベトナム戦争を体験しています。本書では他にも、08章に「ブロンジはベトナム戦争中にアメリカの小隊がフエで一本の道を越えるのに三日間の戦闘を強いられたという話を思い出していた」という記述があったり、09章では「テト攻勢の影」というタイトルが物語るようにイラクとベトナムが対置されます。そうしたウェストの視点が、題材に対する読者の視野を広げていきます。

 それから、ケン・ローチ監督の『ルート・アイリッシュ』(10)です。この映画では、正規の軍人ではなく、戦争や戦後復興をビジネスとする企業が派遣したコントラクター(民間兵)の現実が描き出されます。“ルート・アイリッシュ”とはバグダード空港とグリーン・ゾーン(米軍管理区域)を結ぶ最も危険な区域で、主人公ファーガスは、そこで命を落とした親友の死の真相に迫っていきます。彼と親友はどちらもコントラクターでした。

 コントラクターは高額の報酬を得られますが、その仕事は非常に危険がともないます。それを世界に知らしめたのが、2004年3月にファルージャの町中で起こった惨劇でしょう。本書では、この事件がかなり克明に描かれています。それを要約すると、以下のようになります。

「ノースカロライナに本社があるブラックウォーター・セキュリティー・コンサルティングの社員四名は、海兵隊に事前の連絡もせず、補給者をエスコートして、イラクで最も危険な町ファルージャを通る近道を走っていた。そのとき店のドアの陰から飛び出してきた男が車に銃弾を浴びせた。社員たちは全員戦場には慣れていたが、車には何の防弾装備もなく、反撃するひまもなかった。その犯人たちが逃走すると、男たちや少年たちが集まってきて、この社員たちを切り刻み、黒焦げにし、橋に吊るした」

 最後に、本書と合わせて読むと興味深いのが、ジャーナリストのラジブ・チャンドラセカランが、フセイン崩壊後、グリーン・ゾーン(米軍管理区域)を中心とした復興作業の実態に迫った『グリーン・ゾーン』です(ポール・グリーングラス監督の『グリーン・ゾーン』は本書にインスパイアされた作品ですが、あまり接点はありません)。本の方は、『ファルージャ 栄光なき死闘』と登場人物が重なり、興味深く読めます。


(upload:2014/01/13)
 
 
《関連リンク》
キャスリン・ビグロー 『ハート・ロッカー』 レビュー ■
ポール・ハギス 『告発のとき』 レビュー ■
ケン・ローチ 『ルート・アイリッシュ』 レビュー ■
ポール・グリーングラス 『グリーン・ゾーン』 レビュー ■

 
 
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