海兵隊に入隊し歩兵としてベトナム戦争を体験し、その後、レーガン政権下で国際安全保障問題の国防次官補を務めた著者ビング・ウェストが、イラク戦争を題材に書いたノンフィクションで、アメリカ政府や軍上層部の政策・戦略をめぐる迷走ぶりと最前線の激戦地で最悪の戦闘を強いられる兵士たちの姿が生々しく描き出されています。
テキストは準備中ですが、実際に本書を参照・引用したテキストを書いていますので、それを簡単にまとめておきます。イラク戦争を題材にした映画を観るたびに、本書のさまざまなディテールがよみがえってきました。
まずなんといってもキャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー』(08)です。この映画では、2004年夏のイラクを舞台に、戦場で爆発物処理班として任務にあたる兵士たちの世界が描き出されます。
アメリカ政府や軍の半端な関与や無知によって、イラク各地で暴動が発生するようになり、その暴動の進化したかたちが、「IED」と呼ばれる手製爆弾でした。本書の以下の記述は、この映画の状況をよく物語っています。
「思い出したような発砲や迫撃砲の打ち込み、RPG(ロケット推進擲弾)による攻撃などは、戦闘馴れした第三歩兵師団の兵士たちにとっては痛くも痒くもなかった。ただしIEDは別だった。ベトナム戦争では巧妙に仕掛けられた地雷が歩兵にとって最大の悩みで、歩兵の戦死者の二〇パーセントがこうした地雷によるものだった。士気にも大きく影響した。歩兵たちは、前進しながら、いつ地雷で吹き飛ばされるかという恐怖心に駆られていた。平坦な土地が続くイラクではハイウェーが問題だった。アメリカ兵の戦死者の六八パーセントがIEDによるものだった。道路を進むアメリカ兵は誰もがIEDを恐れていた。
IEDは簡単に作れる。榴散弾を作るために金属片をひとまとめにしたものに、ガレージのシャッターの開閉リモコンや携帯電話で遠隔操作する発火装置をつければよいのだ。スイッチを押す人間は、一ブロックほど離れた屋根の上にいればいい。
第三歩兵師団の兵士たちはIEDを見つける方法をいくつか見つけた。腹部が異常に膨れ上がった犬の死体、妙な方向に向けて置かれた樽、風に吹き飛ばされずに道路に置かれている重そうなダンボール箱、不審な場所に停められた車などは要注意だ。しかし、七月中旬には、ファルージャの西を走っていた車列が大砲の砲弾の爆破に遭い、兵士一人が死亡、三人が負傷した。爆発物の近くを何人もの土地の人間が往来していたが、アメリカ軍に警告する者はいなかった」
それから、ポール・ハギス監督の『告発のとき』(07)です。この映画はイラク帰還兵の失踪事件という実話がベースになっています。物語は、2004年11月、退役軍人ハンクのもとに、イラクから帰還した息子マイクが姿を消したという知らせが届くところから始まります。息子の無許可離隊など考えられない父親は、地元警察の女性刑事の協力を得て捜索に乗り出します。間もなく息子の焼死体が発見され、次第に事件の真相が明らかになっていくとき、強い愛国心を持つ彼が信じていたアメリカの正義が崩れていくことになります。
映画のもとになった実話では、事件を通してイラク戦争の実態が浮き彫りにされていきますが、映画には別な視点が盛り込まれています。注目しなければならないのは、実際に事件が起きたのは2003年7月であるのに対して、映画では、2004年11月1日にハンクのもとに連絡が入るという設定に変更されています。この変更には大きな意味があります。なぜならその翌日の大統領選でブッシュが再選され、それを受けて国際世論の批判によって中止されていたファルージャ占領作戦が再開されることになるからです。
脚本も手掛けているハギスがそれを強く意識していることは、ハンクが訪れる商店や食堂などで、常に大統領の声明やファルージャのニュースが流れているところによく表れています。そして、ベトナム戦争を体験しているハンクは、胸のうちで複雑な思いを抱いているに違いありません。本書では、以下のようにファルージャとベトナムが結び付けられています。 |