シェイク・ハンズ・ウィズ・ザ・デビル(原題)
Shake Hands with the Devil  Shake Hands with the Devil
(2007) on IMDb


2007年/カナダ/カラー/112分/スコープサイズ/ドルビーデジタル
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(初出:)

 

 

心に深い傷を負い、悪夢に苛まれる元PKO司令官ダレール
彼の目を通して浮き彫りにされるルワンダ・ジェノサイドの悲劇

 

 「隣人による殺戮の悲劇――94年にルワンダで起こった大量虐殺を読み直す」で書いたように、アフリカの小国ルワンダでは、1994年の春から初夏に至る100日間に、多数派フツ族による少数派ツチ族の大量虐殺が行なわれ、国民の10人に1人、少なくとも80万人の命が奪われたといわれる。

 そして、ジェノサイドが行なわれる以前の1993年10月、PKO部隊UNAMIR(国連ルワンダ支援団)の司令官として停戦下のルワンダに派遣されたのが、本作の主人公であるカナダの軍人ロメオ・ダレールだ。そのUNAMIRの部隊や装備は、あくまで“平和維持”を任務とするものだった。現地に入って活動するなかで、ジェノサイドが計画されていることを察知したダレールは、危険な状況を報告し、部隊の増強を訴えるが、ジェノサイドがはじまっても国連や有力国の動きはにぶかった。彼は限られた部隊と装備でジェノサイドを止めるために尽力するが、結局UNAMIRは失敗に終わる。

 恐ろしい虐殺を目の当たりにし、効果的な対策を講じることができないジレンマに苛まれたダレールは、帰国後に外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、数回の自殺未遂、軍の病気退役、数え切れないセラピー治療の繰り返しと大量投薬など、何年も苦しみ続けた。そして、ルワンダでの経験を無駄にしないために、耐え難く恐ろしい記憶をたぐり寄せ、内部関係者の視点から真実に迫る手記を綴り、2003年に『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか――PKO司令官の手記』を発表した。日本語版では、2段組、500ページにもなる長大な手記だ。

 ロジャー・スポティスウッドが監督したこの『シェイク・ハンズ・ウィズ・ザ・デビル(原題)』(07)は、その手記を映画化した作品だ。ダレールの手記の原題は“Shake Hands with the Devil: The Failure of Humanity in Rwanda”で、映画は原題をそのまま使っている。「悪魔と握手を交わす」とはなにを意味するのか。ダレールとUNAMIRは、スタジアムなどに逃げてきたツチ族の住民たちを安全な地域に移送するために、虐殺を実行している組織インテラハムウェの指導者らと交渉しなければならなかった。彼は手記でそのときの気持ちを以下のように綴っている。

「部隊司令本部への帰途、私は悪魔と握手してしまったように感じた。私たちは実際に社交的挨拶を交わした。そして悪魔に、その見るも無慈悲なその所業を誇る機会を与えてしまった。彼らと交渉してしまったことで、私自身が悪魔のようなおこないをしたという罪悪感にかられた。私の身体は、自分が正しいことをしてきたのかどうかという葛藤で、ばらばらに引き裂かれそうであった。その答えが分かるのは、一回目の住民移送がはじまったときだろう」

 映画では、この握手の場面が、生々しくリアルに再現されている。


◆スタッフ◆
 
監督   ロジャー・スポティスウッド
Roger Spottiswoode
脚本 マイケル・ドノヴァン
Michael Donovan
原作 ロメオ・ダレール
Romeo Dallaire
撮影 ミロスラフ・バシャック
Miroslaw Baszak
編集 ミシェル・アルカン
Michel Arcand
音楽 デヴィッド・ハーシュフェルダー
David Hirschfelder
 
◆キャスト◆
 
General Romeo Dallaire   ロイ・デュプイ
Roy Dupuis
Ghanian General Henry Anyidoho オーウェン・セジャケ
Owen Sejake
Major Brent Beardsley James Gallanders
Luc Marchal Michel Mongeau
General Maurice Baril Robert Lalonde
Booh-Booh John Sibi-Okumu
Paul Kagame Akin Omotoso
Phil Lancaster Tom McCamus
President Habyarimana John Matshikiza
Bernard Kouchner ジャン=ユーグ・アングラード
Jean-Hugues Anglade
Bangladeshi Commander Strini Pillai
Willem Craig Hourqueble
Major Kamenzi Kenneth Khambula
Colonel Poncet Patrice Faye
American Ambassador Chris Thorne
Odette Lena Slachmuijlder
Kofi Annan Philip Akin
Emma デボラ・カーラ・アンガー
Deborah Kara Unger
-
(配給:)
 

 原作には非常に多くの人物が登場し、出来事や刻一刻と変化する局面が事細かに綴られている。それをすべて映画に盛りこむのは不可能だ。しかも、筆者が『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか――PKO司令官の手記』レビューで書いたように、手記はケベック州出身のダレールの生い立ちから始まる。もちろん、彼の軍人としての考え方や、フランス語と英語の両方が話せるという資質は、大きな意味を持っているが、読者にはとっつきにくいところもある。そうした要素が整理された映画は、この悲劇の全体像を把握するための入口になる。

 ルワンダに着任したダレールとUNAMIRの前に、次々に危険な兆候が現われる。フツ族の民間人が無惨に殺害され、ツチ族主体の反政府軍であるRPF(ルワンダ解放戦線)の仕業であるかのような噂が流れる。ダレールが対面した暫定政府首相アガート夫人は穏健派で、彼女を敵視するフツ族強硬派の動向を危惧している。ジャン・ピエールという暗号名で呼ばれる情報提供者から、インテラハムウェがツチ族のリストを作り、武器を蓄えて、殺人の訓練を行なっているという情報がもたらされる。それは、もはや平和維持活動の状況にはないことを意味するが、国連本部からは、得られた情報をこれまで一党支配を続けてきたハビャリマナ大統領に提供するようにという、的外れな指示が返ってくる。

 そして、ハビャリマナ大統領を乗せた飛行機が撃墜されたのを合図に、計画的な虐殺が開始される。インテラハムウェは意図的にキャンプ・キガリに駐留するベルギー兵を標的にした。そこには、犠牲者が出ればベルギー兵が撤退し、次に国連も撤退するという目論見がある。ダレールは、病院の裏に乱雑に積み上げられたベルギー兵の死体を目の当たりにする。アガート夫人の屋敷を警護していた兵士たちは、規則によって抵抗することができず、彼女も命を奪われる。ダレールの部下は、救いを求めて教会に集まった住人たちがすべて殺害されているのを発見する。

 ダレールは国連本部やアメリカ大使に支援や協力を要請するが、その反応はにぶい。原作に書かれた国連というものの現実が思い出される。

「たとえ偽善に満ちた表向きの発言ではそうは言っていないとしても、巨大で、信頼性のある、強い、独立した国連など加盟国は望んでいない。望んでいるのは、弱く、加盟国に感謝を忘れず、恩義を感じてスケープゴートとなる組織であり、失敗すれば非難でき、成功すればその勝利を横どりすることができる、そんな組織なのである」

 ちなみに、この映画は、軍服ではなく、スーツを身につけ、やつれた表情のダレールが、過去を回想するというかたちで物語が描かれていく。また、帰国してからPTSDに苦しむ彼が、ナイフで太ももに何本もの傷をつける自傷行為や大量の薬を飲んで公園のベンチで横たわっているのを発見される様子なども盛り込まれている。

 フランスの俳優ジャン=ユーグ・アングラードが、元フランス厚生大臣で、国境なき医師団の創設者であるベルナール・クシュネルを演じているが、出番は少なく、あまり印象に残らない。これに対して、カナダの女優デボラ・カーラ・アンガー(『ゲーム』『レオポルド・ブルームへの手紙』)が、アメリカ人のレポーター役で、ダレールの発言を引き出す役割を果たしている。彼女は架空のキャラクターかもしれない。

 勢力の関係も含めたジェノサイドがリアルに再現され、主要な登場人物たちの演技も真に迫るものがあり、この映画を観れば、きっと原作も読みたくなるに違いない。(※もう1本、『Shake Hands with the Devil: The Journey of Romeo Dallaire(原題)』という映像作品があるが、こちらは2004年にルワンダを再訪したダレールのドキュメンタリーである。)

《参照/引用文献》
『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか――PKO司令官の手記』
ロメオ・ダレール●

金田耕一訳(風行社、2012年)

(upload:2014/12/13)
 
 
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